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アガメムノーン (岩波文庫)

あらすじ

 トロイア戦争に凱旋帰国したアルゴスの王、アガメムノーン。しかし、彼は出陣をさせる際、嵐を収めるために娘を人身御供として海に捧げていた。
 それを快く思っていなかったのは、妻のクリュタイメーストラー。彼女はアガメムノーンの弟と共謀して、王の暗殺をする。捕虜である預言者、カッサンドラーは彼らの暗殺に気づきながらも、阻止できず……。
 エウリピデース、ソフォクレスなどと並ぶギリシャの悲劇が描く代表作。

ギリシャ悲劇は面白い

 ギリシャ悲劇は物語の構成が非常に面白いです。中でもソフォクレスが一番好き。本当は図書館で『コロノスのオイディプス』を借りようと思ってたんだけど、誰かに借りられてました。蔵書が二冊もあるはずなのに、二冊とも、です。
 この『アガメムノーン』ですが、前半はアガメムノーンが戦争から帰還したこと、そして出発の直前に嵐が収まらず、人身御供として娘を捧げたことなどが語られるのですが、ここはやや退屈。でもカッサンドラーの予言以降は非常に面白い。まるで犯人探しの推理小説を読んでいるようです。
 暗殺の首謀者は誰なのか!? という感じで。その場合、アガメムノーンの弟、アイギストスが最初に登場していないと、現代の読者から見て唐突な印象があります。しかし、 当時のギリシャ人からしてみたらアイギストスとクリュタイメーストラーが共謀して、アガメムノーンを暗殺したことは事実として流布していたので*1、強いていえば倒叙モノのような感覚だったんじゃないでしょうか。

悲劇の王、アガメムノーン?

 この劇中でアガメムノーンは悲劇の王として描かれています。確かに凱旋帰国を果たしたら、クリュタイメーストラーと弟に刺されたのですから、悲劇とも解釈できます。しかしクリュタイメーストラーには娘を投げ込まれた経緯があります。しかも若い女の子をさらっているとなると、これはもう戦争の捕虜という政治的意図*2よりも文字通り「お持ち帰り」してしまったというのが真相なのではないでしょうか。
 アイスキュロスはカッサンドラーをあくまでも捕虜として描いていますが、内心クリュタイメーストラーの心中は穏やかでなかったと思います。しかもクリュタイメーストラーですが、アイギストスを中に入れただけで、暗殺に積極的関与はしていません。
 もちろん、アガメムノーンにも嵐を収めて遠征するという理由があったわけですから、殺されて当然、とまでは言いません。しかし彼に同情する気にはなれないのです。

カッサンドラーに……

 そう言った目で見てみると、僕はカッサンドラーこそ悲劇の女王だったと思います。
 彼女はトロイア戦争の敗北を予言していました。しかしアポロンの呪いにより、誰も予言を信じなくなってしまったのです。アポロンが呪いをかけた理由はくだりから窺えます。
 カッサンドラー でも、〔アポローン〕神は、優しい息を吹きこみ、組み打ちをはげしく挑まれた。
 コロスの長 それでは、ふたりして、お子を実らせるまで、行ったのか?
 カッサンドラー おうけする、と申しながらも、わたしは、アポローンを欺いた。
 どんなに格調高く書こうとも、要するにセックスの直前で振ってしまったんです。そして、「予言を信じない」という腹いせをカッサンドラへ行なったのです。
 そのはずなんですが、「だが誰なのだろう、おまえ〔カッサンドラー〕のいう災厄を企てている男というのは」とコロスの長は信じかけてませんか?
 ちなみにこの予言能力ですが、
 カッサンドラー 予言の神アポローンが、わたしをこの〔予言者という〕お役目につけたのです。
 コロスの長 まさか神みずからが、おまえをお側におくことを、つよく求められたというのでは?
 カッサンドラー むかしのわたしは、そのことを口にするのが恥ずかしく恐ろしかった。
とあるようにカッサンドラーの気を引くための贈り物、として勘ぐってしまうのは僕だけでしょうか。

反戦文学?

 さて表紙の紹介文では、「現存最古の戦争批判文学」と書いてありますが、アガメムノーンを主役の悲劇として読んだ場合、むしろ戦争にかぎらず恨みの連鎖というテーマで読んだのですが……。
 ギリシャ演劇の中で戦争批判文学として思い出されるのは、アリストパネスの『女の平和』*3。これは戦争に反対する女性たちが戦争終結まで夜の営みを拒むという喜劇です。そういえばアリストパネスは『蛙』*4で、アイスキュロスとエウリピデスを滑稽に描いていましたね。

*1 久保正影「解説」アイスキュロス『アガメムノーン』より
*2 トロイア軍に言い分を通す時に使う、政治的な意図。
*3 アリストパネス『女の平和』(岩波書店)
*4 アリストパネース『』(岩波書店)