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ヒステリー研究 上 (ちくま学芸文庫)

要約

 フロイトが精神分析において、デビューした論文です。ブロイアーとの共著ですが、後々重要となるアンナ・Oの症例を含み、エミー・フォン・N、ミス・ルーシー・Rなど5人の症例報告がなされています。
 最初に注意して欲しいのはこの頃のヒステリーと今でいうヒステリーとは意味が違うということです。フロイトのいうヒステリーはここにある事例のようにボーッとする、忘れっぽくなるなどの症状です。今では「解離性障害」に分類されています*1。なお多重人格のことを解離性同一障害と正式には言いますが、これは解離性障害の一つです。
 またツイッターで@dali_shimejiさんが僕へのリプライにもありますようにヒステリーは女性に特有の病気だとフロイトは分析しています。これについて、フロイト自身はヒステリーの語源、hystera(子宮)を根拠としています。もちろんこれについては現代の精神医学の見地から見れば、当時ヒステリーと呼ばれていたことは誰にでも起きることが説明されています。
 ではなぜフロイトは誤解したのでしょう。本書で報告されているものもそうですが、フロイトは女性を中心に診察してました。恐らくはその女性を中心に診察した結果、サンプルが偏ってしまったんだと思います。
 もう一つは当時の社会的な要因が挙げられると思います。フロイトの治療したヒステリーの原因は感情をため込みすぎることで、ストレスが溜め込んでしまうというものでした。当時のブルジョア階級の女性たちは、こと性に対しては抑圧的でした。つまり男性よりも女性の方がストレスをため込みやすい環境だったと言えるのです*2。
 フロイトはこのころブロイアーに気を遣ってかはたまた、まだ思いついてなかったのかは定かではありませんが、エディプス・コンプレックスなどの重要な概念は出てきていません。しかし抑圧された思い出などを語ることによって、頭痛などの身体症状が和らいだという事例がメイン。しかも全てとは言えないまでも「性生活に原因がある」と述べられています。
 この本を読む限りにおいては、手法自体は観察し、推察を経て、検討するという極めて自然科学的なアプローチの仕方*3。ただし時代がら、どうしても性のことを外に出せない風潮がありました*4。
 このことがフロイトが性の抑圧こそ全てヒステリーに結びつけた一つの要因なのかもしれません。

アンナ・O

 フロイト研究において重要となる症例の一つです。なぜこの症例が重要となるかというと、一つ目は患者がtalking cure(お話し療法)という言葉を作り、そしてこれが精神分析の効果を考える上で重要となってくるからです。
 フロイトはヒステリーの患者を見る際に、過去の思い出せない思い出を少しずつ思い出させていくことで治療したんです。そして話すことで、患者の症状が緩和されるんです。これは今日でいうところのナラティブ・セラピーに当たります。ナラティブ・セラピーというと小難しく感じる方もいるかもしれませんが、ただ話を聞くだけ*5。これが下手な投薬治療より効果があるという声もあります*6
 アンナ・Oの症例については、「水が唇に触れるやいなや、恐水症患者のようにグラスを押しのける」という症状があります。そして、催眠にかけて話をきいてみると、次のことが解りました。
 家庭教師の小さな犬が、あの気持ちの悪いけだものがグラスから水を飲んでいたというのである。彼女はぶしつけになると、このことは黙っていたという。彼女は、溜まっていた怒りをさらに力いっぱい表現してしまうと、水が飲みたいと言った。(中略)これをもってこの障害は永遠に消失した。
 フロイトのやったことはイヤなできごとを思い出させて、語らせただけなんですよ。
 さて、僕はこのように精神分析は確かに一定の効果があるものの正当性において疑問を投げかけざるをえません。つまり物理なら実験によって保証されえますし、文学ならテキストによって保証されえます。しかし、精神分析はシュレーバー症例のように書かれたものでない限り、あくまでも患者の自己申告です。この問題については他の学派も基本的に同じです。
 そしてこの問題について、フロイト自身も気付いていたらしいです。アンナ・Oの事例の考察として、「患者から与えられた情報はどの程度まで信頼できるのか、またヒステリー現象はほんとうに彼女が挙げる原因から、彼女の言う発生の仕方で生じたのか、ということがある」とも述べていることからもそれは明らかです。
 またフロイトはアンナ・Oの事例において今後の課題が述べられています。
ヒステリーの完治(中略)は心的状態が悪化するなかで実現した。(中略)慢性ヒステリーが終結すると、それに続いて別の精神病が始まることがあるが、そうした場合、その精神病にはこの種の源泉があるのではないかという点を今後考察するべきであろう。
 つまり、精神分析は患者の黒歴史を語らせる作業。その仮定で気分が落ち込んで別のヒステリー症状が出ることがありますが、それは患者が黒歴史を思い出して、また別の黒歴史を……という状態が原因ですよ。
 例えば、僕が大学時代、キャンパスの大幅改修に伴い、併設されている女子高の敷地を通らなければならなかったことがあります。その際、高校の警備員さんにも呼び止められ、先方の先生にも呼び止められました。僕はこのことが思い出されるたびに、キャンパスの改修と聞くとなぜかいたたまれない気持ちになるのですが、これもフロイトの言わんとしてることの一例だと思いますよ。
 他にも一介の医師がどこまで患者の個人的な事情に立ち入ったらいいのかなどの問題もありました。しかし、当時の書評を見るかぎり、この『ヒステリー研究』は好評だったようです*7。

催眠術と抑圧

 フロイトが診断した患者のうち、大多数が最初は思い出せませんでした。これを見て当時の医師たちは「イヤな思い出は忘れた後、消える」と考えていたようです。しかし、フロイトは「忘れるには忘れるんだけど、何かの形で残るんじゃないの? そしてその残留物がヒステリーとなって現われるんじゃね?」と考えたんです。
 そこで、催眠を利用したのです。催眠とはうたた寝とか頭が眠気でぼーっとしている状態のこと。この状態だと言いまつがい*8や本音がぽろっと出てしまうのは誰でも経験があることですよね。フロイトは催眠療法をシャルコーから取り入れてましたが、やがてそれに限界を感じ本格的に精神分析を導入するに到ったのです。
 催眠術とかいうと擬似科学のイメージが強いんですが、あれはショウ催眠と呼ばれ、医学用語の「催眠」とは大きく違います*9。
 そして『ヒステリー研究』を読む限りでは、どの患者も錯誤の回数まで取るなど観察記録がしっかりと取られています。この辺り、自然科学者を目指したフロイトらしい見解。wikipediaによると彼は物理と神経学を勉強して、最初の論文は両生類や魚類の神経に関するものでした。精神分析とはほど遠いと思うかもしれませんが、本書の下巻で展開されるようにブロイアーはヒステリーの問題を神経の問題だと解釈していました。つまり、ハードウェアの問題だと解釈してたのです。ヒステリー研究 下 (ちくま学芸文庫)
 これは恐らくはアメリカの心理学者、ウィリアム・ジェームズの影響が色濃い。ウィリアム・ジェームズは『心理学原理』において生物学的なアプローチから人間心理を解明しようとしました*10。また、これはPCともよく似てるんですがハードウェアの方が検証のしやすさが圧倒的に楽なんです。しかし、フロイトはブロイアーとは違い、脳というソフトウェアの問題、しかも自我というOSの問題も指摘したわけです。そして何人かの女性患者をデバッグすることに成功したのです。しかも「話を聞く」という簡単な方法でデバッグできることを証明したのです。
 なお余り知られていませんがもっとも重要な事例がブロイラーによって報告されています。
少年が(中略)公衆便所に立ち寄ったのだった。するとそこにある男がいて、少年に向かって自分のペニスを突き出し、それを口に入れろと言ってきたというのである。
 えっ、公衆トイレwww阿部さん。何やってんですかwww


*1 wikipedia「ヒステリー」も参照。
*2 小此木啓吾『エロス的人間論』(講談社)
*3 ルイ・アルチュセール『フロイトとラカン』(人文書院)も参照。
*4 小此木啓吾『エロス的人間論』(講談社)
*5 ツイッターなどでできる最も手近な震災ボランティアかもしれない。
*6 wikipedia「ナラティブ・セラピー」及び「精神分析学」参照。
*7 本書の解説参照。
*8 言い間違いも精神分析では立派な手がかりとなる(フロイト『世界の名著〈49〉 精神分析入門』)
*9 wikipedia「催眠」参照
*10 ウィリアム・ジェームズ『心理学』(岩波書店)



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書誌情報
著者:ヨーゼフ・ブロイアー
著者:ブロイヤー
著者:ブロイエル
著者:ジークムント・フロイト
著者:フロイト
著者:フロイド
出版者;筑摩書房
タイトル:ヒステリー研究
分類:人文科学
分類:精神分析
国籍:オーストリア