有沢翔治の読書日記

 同人小説家、有沢翔治のブログ。  いいものを書くためにはいいものを、幅広く。

【こんな小説を書いてます】

二人であることの問い

 双子の姉、亜衣の様子がおかしい。何かあったのではないかと真衣から萌は相談を受ける。やがて亜衣の部屋からバタフライナイフを買った痕跡が見つかり……。亜衣は何を考えているのか?

ディーノ・ブッツァーティ『七人の使者・神を見た犬 他十三篇』(岩波書店)

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七人の使者・神を見た犬 他十三篇 (岩波文庫)

概要

 王子一行は国境付近の様子を調査するようにと国王から命じられ、家来とともに都を出発した。その間、親しい者たちと連絡が取れるようにと騎馬陽の伝令役を七人、選りすぐる。しかし国境には辿り着く様子もない……。「七人の使者」などカフカのような不条理の世界15篇。

はじめに

 僕は文芸同人誌『TEN』で一万字程度を目標に短編小説を書いており、この参考に図書館から借りてきました。もうプロットも決まり2500字程度、書き進めたのですが、せっかくなので読了。
 情報収集も兼ねて、僕はSNSで読遇アカウントをフォローしています。その際、『タタール人の砂漠』の読了報告が見えました。当初はさほど気にも留めなかったのですが、解説を読んで、ブッツァーティの作品だと知り、興味をそそられました。

不条理

 表題作の一つ、「七人の使者」を読んで、カフカの『城』に似てる、と最初に思いました*1。もっとも、『城』は未完なので*2カフカがどのような構想を練っていたのかは解りませんが、少なくとも発表されている限りにおいて、測量士Kは城からの依頼で村へ訪れたらしい*3にもかかわらず、城へたどり着けません。しかもどうして謁見の許可が下りないのかも解らないのです。このように理由など人生の出来事にはない*4という考えを不条理と呼び、カフカは不条理文学*5の代表的な作家です。
 ブッツァーティ「七人の使者」もまた国王の命令で国境へ向かっているのですが、一向にたどり着きません。しかしカフカの『城』と比べ、多層的になっていると言えましょう。『城』は国王とKとの間だけでしたが、「七人の使者」では国王、〈語り手〉の王子、そして使者となっているのです。だんだんと使者たちが帰ってくるまでの間が開くのですが、このくだりからは国境へたどり着かないのと同様、都までも使者がたどり着かなくなるのではないかと予感させます。現に「〔使者の一人〕エットーレ・ソットサスはもう二度と帰ってくることはないだろう」と独白しています。
 また手紙も最初は届いていましたが、六か月経ったころには、四か月後にしか到着しなくなります。「封書はよれよれになり、時にはそれを運んできた使者たちが野宿して過ごした時の夜霧がしみついてさえいた」とあります。
 そして、ついには下記の状況にまでなります。
 私は休まないように彼らをはげまし、彼らの口の端にのぼる弱音を叱った。(中略)都や、わが家や、父のことがまるで信じられないほど、異様に遠いものになってしまった。(中略)使者たちは時経て黄ばんだ奇妙な手紙を持ち帰ってきた。それには私には思い出せない名前や、私には異様に響く表現や、私にはどうにも理解できないような感情がしたためてあった。
 つまり、物理的に距離が遠くなればなるほど、心理的な距離も隔てられていくのです。そのような目で読んだ時、この〈手紙〉は単なる(つまり物理的な)手紙以上の意味を持っていると気付くことでしょう。「私にはどうにも理解できないような感情がしたためてあった」とある通り、意思疎通としての記号シーニュであるように思えます。抽象的な表現では解りにくいので、具体例を一つ。同じ日本語を話しているはずなのに、相手が何を言いたいのか理解できない経験は多かれ少なかれあることでしょう。これが、意思疎通としての記号が違っている状態です。精神分析家のジャック・ラカンはポオの「盗まれた」を引き合いに出し、患者の症状を手紙に喩えた(と解釈している)のですが*6、「手紙は必ず宛先に届く」と述べています。これは恐らく、理解不能だと思えても、患者の「言葉」*7には意味があるので、必ず理解できると言っているのでしょう。また精神分析の理論によれば、医師は患者にとって権力の象徴であり、幼少期の父と重ねています。
 ここでもブッツァーティ「七人の使者」との関係が見出せることでしょう。つまり、父親と手紙が届いていた、すなわち意思疎通ができていたにもかかわらず、上述の通りだんだんと理解できなくなっていきます。
 さらに「彼らの口の端にのぼる弱音を叱った」とあるように〈語り手〉の「私」と家来たちとの心理的な距離も遠ざかっているように思えます。ここでも権力者と服従の関係が見えてきて、精神分析で言えば、父と子の関係が見えることでしょう。
 このような解釈に立てば、国境はどのような比喩か見えてきます。つまり自他境界なのではないかと。もちろん、子供と親は別人格です。したがって「国境」に向かっている以上は分離を目覚しているのでしょう。しかし、感情移入する以上は完全に分離はできません。この事実が国境にたどり着けないことで示唆されているのかもしれません。
 また言語の習得や正書法などの言語体系も、権力と深く関わっています。こと正書法に関しては学校教育で学びました。これはより一般化すれば規則を教わったことになりましょう。学校は規則を教える場所にすぎません。
 一方、「七人の使者」でも国王の命令で国境に赴くなどの「規則」で動いていると言えましょう。しかし、規則そのものに合理性があるとは限りませんし、無意味な規則も多々あります。例えば国王の死を知った段階で引き返すこともできたはずですが、そのような選択はしません。実行の必要がなくなったにも関わらずなおも進み続けているのですから、規則だけが存在し、理由は欠如していると言えましょう。そして理由を失ってもなお進んでいるので、理由がなくなり、不条理となるのです。
 そしてこれこそが「道路開通式」との相違点だと言えましょう。道路開通式に呼ばれてサン・ピエロの街へ進んでいるはずなのに、なぜか街へたどり着かないどころか進めば進むほど街から遠ざかっていると解るのです。国境がサン・ピエロに置き換わっただけであらすじは似ています。しかし、「道路開通式」では義理を果たしたいという理由があるのです。

幻想

 ほとんどが「リアル」な世界の中で奇妙な話が起きているのですが、「竜退治」だけファンタジーの世界が現実のものとなっています。その名の通り、「竜退治」に向かうのですが、マスケット銃などを駆使して退治します。
 しかも竜は何一つ悪さをしていません。下記の通り、非合理的な存在だから殺されるのです。
この世界にからくも残存していたその異物〔竜〕を抹消したのは人間だった、いたるところに秩序維持のために賢明な法を打ちたてる強い人間、進歩のために汗水をたらす無欠の人間、山の奥深くさえ絶対に竜が生き残ることなど認めることの出来ない人間なのだった。
 この竜は前近代の象徴。近代と一口に言っても科学から民主主義までかなり幅が広いのですが、ここでは科学的および効率主義的な考えだと言えましょう。
 もちろん、効率は重要ですが、すべて効率が一番が言われると、違和感があります。例えば読書などの趣味。効率重視ならあらすじだけに目を通せばいくらでも読んだ振りができます。また一昔前にはファスト映画*8について賛否両論がありました。
 精神面もまた然り。新興宗教などの問題も含めると、いまだ信者数が多いのは、「竜退治」の竜に喩えられているものが、つまり前近代的な要素が、精神的に必要だからだと言えましょう。
 そしてこれはSF風の小説「円盤が舞い下りた」でも異悪人と神父との神学対話を通して描いています。異星人は下記の通り、近代人をデフォルメして描かれています。
「十字架?」その異星人はおうむ返しに口にした。「で、なんの役に立つのか?」
 もちろん物語上、異星人の純粋な疑問として描かれています。しかし現代人の我々にとっては何の役にも立たないと疑問反語の意味を帯びています。今でこそ瞑想などの効果が科学的に実証されつつあるのですが、ブッツァーティは、1906年〜1972年の作家なので、なおのことだと言えましょう。
 そして現代における宗教(といってもキリスト教ですが)の意味について、神父は「神の慈悲が必要(中略)だ」と思います。また対話を進めていくうちに「罪悪も、悔恨も、悲しみもない人生になんの意味があろう?」と肯定的に捉え直します。感情こそ少しは変わっているものの、科学の現代なのにキリスト教などの前近代的な、言ってみれば現代科学の観重からすれば不合理な、宗教がどうして必要かが伺えましょう。

恐怖

 一方、「何かが起こった」では、どこに向かっているかはっきり示されています。電車の行き先で何か悪い出来事が起こったにもかかわらず、そこに突き進んでしまうのです。
みんな同じ方角を目指し南へとくだっていた。危険から逃れているのだ。それに反してわれわれはその危険にむかって直進していた。気狂いじみた速度で、戦争か、革命か、悪疫か、大災害が?何ものか定ならぬものにむかって突き進んでいた。五時間後に到着する時間にならないと、われわれにはそれがなにかわからないのだ。そして、もしかするとその時にはもう遅すぎるかもしれないのだった。
 この「なにかが起こった」は一九五○年から一九五四年に書かれており*9、もし当時の心境なら米ソ冷戦の予感を記したとも解釈できます。革命が例示されていますが、これは冷ソ冷戦からロシア革命へと連想が及んだのかもしれません。では登場人物全員が危機から逃れたいのに、かえって破滅へと突き進んでしまうので、ギリシャ悲劇、特にソフォクレスを思い浮かべます*10。しかし、ソフォクレスの時代は神罰などの理由が作品内で説明されていました。また当時の人々を信じていたことでしょう。しかし「竜退治」で見た通り、前近代的な考え、つまり非科学的な考えは排除してしまいました。
 したがってもちろん戦争がなぜ起きたのかは’(社会)科学的に検証されなければいけません。しかし、同時に精神的な痛みを伴います。「それでも戸を叩く」は危機的状況に目を続けています。なんの寓意かは我々が補足しながら読まなければいけません。しかし現実に目をそむけ続けていると、「雪崩れ」のような結未になりかねないのです。
*1 カフカ『』(新潮社)
*2 Wikipedia「城(小説)
*3 この訪問理由に関しては、Kの台詞のみである(カフカ『』(新潮社))。
*4 これは『城』に限らず一貫している。例えば『変身』ではどうしてグレゴール・ザムザが毒虫になってしまったか一切語られない(フランツ・カフカ『変身』両空文庫)。また『審判』ではKが審判に巻き込まれるが、全く身に覚えがないのある(フランツ・カフカ『審判』岩波書店)。
*5 Wikipedia「フランツ・カフカ
*6 スラヴォイ・ジジェク『汝の症候を楽しめ』(筑摩書房)。なお、ジジェクと斎藤環によるラカンの解釈によるところが大きい。
*7 ラカンが「言葉」という時、妄想などの症状も含んでいる。
*8 Wikipedia「ファスト映画
*9 脇功「訳者解説」(ディーノ・ブッツァーティ『七人の使者・神を見た犬 他十三篇』岩波書店)
*10 ソポクレス『オイディプス王』(岩波書店)


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レイ・ブラッドベリ『瞬きよりも速く』(早川書房)

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瞬きよりも速く 〔新装版〕

概要

 〈わたし〉は妻とマジック・ショーへ行かけ、その先で双生児と思うような男を見かける。女スリ師のマジシャンから瞬く間に次々と品物を取られていった。親近感を覚えていただけに、惨めさを覚え、文句を言おうと男の後を追う。表題作「瞬きよりも速く」他、幻想と郷愁の21編を収録。

はじめに

 僕は文芸同人誌『TEN』に一万字程度の短編小説を投稿しています。その参考に読みました。
 推理小説と並んでレイ・ブラッドベリなどのSFも好きなのですが、学生時代に「火星年代記」、「華氏四五一」*1を叢書で読んだきり遠ざかっていました。しかし詩について勉強していくうちにレイ・ブラッドベリの豊かな表現に気付いていきました。それで、Wikipediaでブラッドベリの邦訳を調べ、リスト化していって、読んでいるのです。

幻想

 よくブラッドベリは幻想的な作家だと言われますが、表現の豊かさと大いに関わっています。

「瞬きよりも速く」

 例えば表題作「瞬きよりも速く」の冒頭は「双生児かと思うほどわたしに似たその男を見かけたのは、マジック・ショーの舞台でだった」で始まります。双子は各地で信仰や忌避の対象となっていました*2。このような両義的な現象が起きるのは、双子が神秘的な力を持っていたとフレイザーの『金枝篇』*3から推察できましょう。フレイザー『金枝篇』では王殺しが主題となっているのですが、王は神聖か不浄かは区別していなかったと言います。そして神聖/不浄の両義性は双子にも当てはまります。双子だけではありません。フレイザーが分析している通り、魔術師もまた同様です。
 そしてマジック・ショーの幻想性は状況もありますが、〈語り〉によって際立っていると言えましょう。
 宙に浮かぶ女──世の男たちの頭のなかに、男の純愛により生み出された女神。その優美な足を地に触れさせてはならない。彼女を目に見えぬ台座から降ろしてはならない。見ろ、あれを。どうやってやるのか。わたしには、いや、誰にも〔種を〕教えてはいけない。そう、あのただようさまを見て、そして夢見ていればいいのだ。
 あるいは下記の描写も幻想性を引き立てています。
 いましも黒ビロード張りのステージで滑石と薔薇の花弁の神秘、女体がつぎつぎに消えた。乳白色の石膏像が、夏の百合と涼雨でつくられた塑像が浴けて夢と化し、(中略)夢は空白の鏡になった。
 舞台上での出来事は「女体がつぎつぎに消え」ているだけなのですが、これを「滑石と薔薇の花弁の神秘」と形容し、「乳白色の石膏像」、つまり、「涼雨でつくられた塑像」に喩え、それが「夢と化している」とあります。ここでは最終的に女性を夢と表現していると解りましょう。そして、消えてしまい、鏡に何も映っていない様子を「空白の鏡」と表現しています。すべて女性や女性が消えた後の様子を喩えているのです。
 幻想的とは「現実の世界から離れた、夢を見ているようなさま」ですが、あたかも女性が花弁や塑像に変化しているようにも受けとることでしょう。そして、この比喩が現実で起きているにもかかわらず、マジックなので、種も仕掛けもあると〈語り手〉も解っているにもかかわらず、ある種の非現実性を帯びる現因の一つと言えましょう。
 それから、「瞬きよりも速く」はスリの演目やマジックの出演者に限らず女性全般が神秘的な存在として描かれています。
 象徴的だな、とわたしは思った。マジシャンは男の下意識となんらかの密約なくして、どうしてアシスタントにピストルを向けることができよう。
「なあに?」妻がきいた。
「え?」
 その次の台詞「なにをぶつぶついってるの?」を読むまで、妻が読心術を使ったかのように描かれています。そして、この「読心術」自体、〈わたし〉が意識していないことを読み取っているので「下意識と(中略)密約」を交わしているとも言えましょう。
 そして、この〈語り〉は最後で効力を発揮します。男がサクラと解るや否や冒頭の「双生児と思うほどわたしに似」ている印象は薄らいでいくのです。これは前述の通りマジック・ショーの比喩とも呼応しているといえましょう。つまり、マジック・ショーを夢に喩えている以上、夢からはいつか覚めるものです。

「電気椅子」

 一方、「電気椅子」も舞台は似ています。カーニバル、と言っても謝肉祭ではありません。移動式遊園地。
 ジョニーと妻、エリーはパフォーマンスの一環として電気椅子で処刑される振りをしています。しかし、エリーが贔屓の客と浮気をしているのではないかと疑いを持ち、ジョニーは彼女を事故に見せかけて殺害しようと……。
 殺人の瞬間はまたほとんどの人にとっては非日常な現象であり、移動遊園地もまた非日常です。加えてこのカーニバルは謝肉祭ではないにせよ、同音意義語で綴りも同じcarnivalです。つまり、殺人と移動遊園地の二つの相乗効果が「電気椅子」の非日常性を際立たたせていると言えましょう。
 またカーニバルを謝肉祭と重ね合わせることもできます。奇しくもゴヤが謝肉祭を題材に「謝肉祭の人形」を描いていますが、エリーはこの人形と同様に観客を喜ばせているとも解釈できましょう。そして観客からの見物料で生活をしているのは言うまでもありませんが、謝肉祭と重ね合わせた場合、この見物科は恩寵となるのです。
 一方でエリーは既婚者であり、信心深いかは別にしても神の前で誓いを立てたことでしょう。ここで、観客を神と見做した時とは別の神が現れていると解ります。つまり、本来的な意味での神。ジョニーは舞台上で下記の通り、生殺与奪の権利を握っています。
 彼女はステージの下のテスラ変圧器を思い、もしかしたらジョニーがあれに細工してボルトではなく、アンペアを上げたかもしれないと思った。事故(中略)。
 そうか、と自棄な思いをわかせた。これがわたしの死にかたなのか。
 多分に主観的ではあるものの、ジョニーは神のごとく振る舞っているように思えます。

郷愁

 移動遊園地は恐らくブラッドベリにとって、子供時代の思い出だったのでしょう。ブラッドベリは移動式遊園地が舞台の小説を他にも書いています。「黒いカーニバル」*4、『何かが道をやってくる』*5などでは子供が重要な登場人物として描かれています。また、「瞬きよりも速く」の原体験はすでに八歳のころからあったと推察できましょう*6。
 わたしが八つになった一九二八年(中略)、写真劇場の裏でとてつもない事件が起こった。(中略)魔術師ブラックストンの六つの破天荒な雄姿が描きだされたのだ。美女をノコギリでまっ二つにしている。アラビアの大砲に縛りつけられ、爆発する大砲と一緒に飛んでいく。
 このようにある種の郷愁を抱いていたのではないかと思います。この郷愁は「瞬きよりも速く」だけではありません。例えば、「失なわれた街道では近未来都市が舞台で、ドライブ中のクレランス・トラヴァースたちが旧街道を見つけ、移住をする話。「まるで大きな緑の(中略)大聖堂にいるようだ」と比喩で語られている通り、自然に重きを置いているのです。この物語自体は近未来である必然性はあまりありませんが、ブラッドベリはしばしば過剰な機械文明を否定的に描いており*7、「失われた街道」もこの一つだと言えましょう。つまりこのようなテーマを含めて考えれば、近未来の舞台であることの必然性が(ある程度は)伺えます。
 そして機械文明のみならず過剰な商業主義も否定的に描かれていると解りましょう。
 広告版がひらめき過ぎてゆく。(中略)都市という名のタール沼に浮かぶホテルだ、とトラヴァース氏は思った。(中略)太古の恐竜たちそっくりに(中略)ビル街がまるごとタールの海に沈み、骨一本ずつくるまれて、未来文明のために役立てられるだろう。(中略)この地に調査にきた未来の科学者たちはそうした鉄の恐竜の体内(中略)のなかに無数の小さな骨を見つけるだろう。(中略)そして科学者たちは言う。なるほど、鉄の都売たちの常食はこれだったのか(中略)。鉄のモンスターたちに飼われていたのだろう。モンスターは生きのびるために彼らを必要とし、三度三度の食事にこれを呑みこんでいたのだ。
 これは単なるトラヴァースの空想だけに留まりません。以下の三点から、ある種の真実が伺えます。
 一読して解る通り、恐竜に喩えているのですが、一般的に言って*8絶滅していると考えられています。あれだけ繁栄を極めたのに、化石となって姿を留めているだけなのです。この栄枯盛衰は人類にも当てはまるのではないかと〈語り手〉は示唆しています。
 また、都市のビルなどの巨大建造物もように増えていきます。さながら生き物が増殖するかのようだとトラヴァースが感じてもなんの不思議もありません。
 さらにその維持にはもちろん莫大な費用が掛かります。都市のビルを生命として捉えるなら、この費用は食料に当たると言えましょう。その「食料」をまかなうべく、人間が働いているのです。したがって、「鉄のモンスターたちに飼われている」とも言えます。そしてこのような「飼育」からのささやかな抵抗として田舎への移住が挙げられましょう。
 もちろん、社会への郷愁だけではありません。古典への郷愁も挙げられます。レイ・ブラッドベリの作品には「亡命者たち」など、古典文学の作家がしばしば登場します*9。「最後の秘跡」もその一つ。タイムマシンで不遇な作家に会おうと決めます。「メルヴィル」、「ポオ」、「オスカー・ワイルド」の三人に会って彼らを慰めるのです。イシュメールはメルヴィルの代表作『白鯨』の登場人物でなので、本を読んでいないと誰か解りにくくなっています。
 さらに「究極のドリアン」でもまたオスカー・ワイルドを下敷きに書かれています。ここでのドリアンとは果物ではありません。オスカー・ワイルドの代表作『ドリアン・グレイの肖像』です*10。原作ではドリアン・グレイの肖像画が老ける一方で、本体はいつまで年を取りません。しかしこの物語では「肖像画」ではなく、奇妙な生命体として描かれています。

歴史

 ブラッドベリの代表作『華氏四五一』、『火星年代記』ともにSF作品。SFは科学だけでなく、歴史も題材になります。日本でも小松左京の「地には平和を」など枚挙に暇がありません*11。「ザハロフ/リヒタースケール后廚發修琉譴帖タイトルはアメリカで地震を測定する時の尺度から取っており、マグニチュードと関係があります*12。
 チャーリーたちは政治家たちをそそのかし、地震が起こりそうな地点に理屈を付けて、都市の計画を立案していきます。戦争もまた然り。不安や対立を煽って、戦争を起こさせていました。したがってタイトルのザハロフは「有名な兵器王」からです。
まさか地震という地震、戦争という戦争がすべて単なる偶然、ほんのめぐり合わせから起こったなんて思っちゃいないよな?
 この台詞が物語っている通り、全てはチャーリーたちの陰謀です。誰かが歴史を操っている点では小松左京の「地には平和」にも共通しています。しかし、小松左京は日本の敗戦が深く関わっているのですが、ブラッドベリには「神の御業だ」とある通り、宗教的な関係が伺えましょう。旧約聖書には、神は自身に似せて人間を造ったとあり*13、キリスト教もこれを引き継いでいます。つまり、神が人間に容易く置き換わるのです。科学が発達して、宗教の力が弱くなるとこの傾向は顕著になりましょう。この結果、チャーリーのような少人数の人間が神のように歴史を動かしているのではないかと考えても不思議ではありません。
 もう一つは陰謀論の影響です。もちろんレイ・ブラッドベリ自身が陰謀論を信じていたとは断言できません。しかし、チャーリーは具体的にフリーメーソンの名前を出しています。また、〈語り手〉はチャーリーたちを肯定的に描いていません。「ほかの仲間もいなくな」り、チャーリーも引退することから、この組織は消滅すると示唆されています。
 そして「思い上がった虫けら」とチャーリーは政治家たちに毒づいているのですが、地震が起こると「ふたりとも地面に倒れこんだが、ひきつった笑い声をあげ」ており、チャーリーの罵倒はそっくりそのまま自分へ跳ね返っていると予感させるのです。

 

* レイ・ブラッドベリ『世界SF全集13 レイ・ブラッドベリ』(早川書房)
*2 例えば日本では「畜生腹」と呼ばれ、忌避の対象であった(デジタル大辞泉 「畜生腹」)。またナイジェリアでもかつては忌避の対象であったが、現在は崇拝の対象となっている(朝日新聞「なぜか双子が多い町 かつては『悪魔』、いま幸運の象徴」)。
*3 「彼らにとってこのような人物(王、祭祀など)に共通する特徴は、また彼らが手に危険な状態に在るということであって、彼らを包む危険と彼らが他人に与える危険は霊的あるいは死霊的とでも言うべきものであり、それゆえ創造的なものである」(フレイザー『金枝篇(二)』岩波書店)。
*4 レイ・ブラッドベリ「黒いカーニバル」(レイ・ブラッドベリ『黒いカーニバル』早川書房)
*5 レイ・ブラッドベリ『何かが道をやってくる』(東京創元社)
*6 レイ・ブラッドベリ「あとがき」(レイ・ブラッドベリ『瞬きよりも速く』早川書房)
*7 レイ・ブラッドベリ「人殺し」(『太陽の黄金の林檎』早川書房)
*8 なお、系統学的定義によれば雀は恐竜であるが何を考えたいかに応じて、どのような定義を用いるか考えなくてはいけない(「鳥は『恐竜の子孫』ではありません、恐竜なんです」Gizmodo)
*9 レイ・ブラッドベリ「亡命者たち」(レイ・ブラッドベリ『刺青の男』早川書房)
*10 オスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』(新潮社)
*11 小松左京「地には平和を」(小松左京『地には平和を』新風舎)
*12 Wikipedia「リヒタースケール
*13 旧約聖書『創世記』(岩波書店)

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八木重吉『八木重吉詩集』(思潮社)

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八木重吉詩集 (現代詩文庫 第 2期31)

概要

 八木重吉は第一詩集「秋の瞳」の序文で「私は、友が無くては耐へられぬのです。しかし、私にはありません」と述べている通り、孤独だったようである。その証拠に悲哀を多くの詩で詠んでいる。また続く詩集「貧しき信徒」キリスト教の信仰に基づいて、多くの詩を書いた。いずれの詩も短いものが多い。

はじめに

 詩は文学の基本だと考えています。ギリシャでもインドでも叙事詩がありました。これはもちろん識字率や印刷技術などの問題とも深く関わっているのでしょう。しかし、近代以降でも、萩原朔太郎などが詩と小説の両方を書いているところを見ると、やっぱりどこかで深く関係しているように感じます。僕はポオ、ボードレールなど海外の詩が好きなのですが、日本の詩は母語で鑑賞できるので、創作の勉強には効果的だと考えています。
 さて、詩歌が100冊を超えたので日本の詩は充分だと思ったのですが、ねじめ正一の詩があまりに癖が強く、(意図・必要性は理解しながらも)好きにはなれませんでした。そこで、口直しに八木重吉の詩集を図書館から借りてきたのです。寺山修司や片桐ユズルにも興味があるので、100冊を超えても日本の詩人はしばらく読み続けることになるかもしれません。

寂しさ

 さて、第一詩集の序文に書いてある通り、「秋の瞳」では孤独さが伺えます。「哀しみの 火矢」からもこの心理は描かれています。
はつあきの よるを つらぬく
かなしみの 火矢こそするどく
わづかに 銀色にひらめいてつんざいてゆく
それにいくらのせようと あせつたとて
この わたしのおもたいこころだもの
ああ どうして
そんな うれしいことが できるだらうか
 一見して解るように、「かなしみ」を火矢に喩えています。「哀」は衣の袖で口を覆って泣いている様子を表わしている*1ように、静かなイメージを伴うのですが、「火矢」の比喩から激しさが読み取れます。さらに言えば、「かなしみ」は動詞でこそ表れていませんが、「火矢」の比喩から「射る」「刺さる」「燃え上がる」などの動きが感じられます。
 その点でいえば羽が左右に割けるように心が避ける様子を表した「悲」がより適切なのかもしれません*2。しかし、「わたしのおもたいこころ」とあるように動きを感じさせない以上、「哀」でなければならないのです。
 また、感情が表に出せるうち、つまり「悲」はまだ軽いとも言えましょう。「哀」、つまり表にすら出せなくなると、心すら動かなくなり、重症になるのです。よく涙も枯れ果てると言いますが、まさにあのような感情に陥っていたと解釈できましょう。「かなしみ」の表記はひらがなですが、この効果は「悲」「哀」、二つの意味を含ませることができます。
 さらに「哀しみの火矢」と同様、「白い枝」も比喩として使われています。
白い 枝
ほそく 痛い 枝
わたしのこころに
白い えだ
 この「白い枝」は「痛い」とある通り、心の痛みを表しています。「ほそく 痛い 枝」までは具体的な「枝」ですが、「わたしのこころに/白い えだ」は比喩として使われています。したがって具体的な枝は「枝」、比喩的な「枝」は「えだ」と書き分けたのだと解釈できましょう。
 この他、「美しい夢」は光景全体が比喩となっています。
やぶれたこの 窓から
ゆふぐれ 街なみいろづいた 木をみたよる
ひさしぶりに 美しい夢をみた
 この「窓」は現実の窓でなく、前述の詩を踏まえると心の比喩と解釈できましょう。つまり、「やぶれた窓」とは、「疲れ切った心」「憂鬱な心」を指しているのです。もちろん心情だけとは限りません。憂鬱な気分になると、世界の認識まで変わってしまうのは誰しも経験があることでしょう。そのような心境の時に美しい光景を見たら、多少なりとも希望が沸き起こります。そのような時、夢のような光景だと感じるのは想像に難くありません。しかしこの夢には両義的でもあります。つまりいつかは覚め、また「やぶれた窓」からの光景、つまり憂鬱な心境に戻るのです。

宗教

 八木重吉は続いて「貧しき信徒」を発表。これはキリスト教の信仰を中心がなっています。この他、いくつもの小詩集を作ろうとしていたらしいのですが、その中の一つに「信仰詩篇」があり、この中は下記の詩があります。
詩をつくり詩を発表する
それもそれが主になったら浅間しいことだ
私はこれから詩のことは忘れたがいい
結局、そこへ考へがゆくようでは駄目だ
イエスを信じ
ひとりでに
イエスの信仰をとほして出たことばを人に伝へたらいい
それが詩であらう
詩でなかったら人に見せない迄だ
 このようにキリスト教を信じていたのですが、特殊なキリスト教でした。少なくとも権威主義的なキリスト教ではありません。例えば小詩集「暗光」には下記の詩句があります。
 「聖書」を 新調のフロックコートで
 もったいらしく
 教壇に講するなんて
 そんな
 漫画がどこにあらうぞ
(中略)
おそらくは
「神学博士」なぞのある現世こそ
世の終わりかもしれないぞ、
 また「信仰」でも「聖書にどう書いてあってさへもかもわぬ」とあることからもその特殊性が伺えましょう。この特殊性について、田中清光は富永徳磨や内村鑑三の影響を挙げています*3。
 一方で、小詩集「論理は溶ける」では「できることなら/くだものさへ殺さずに行きたい」と語っており、明らかに仏教思想の影響が垣間見えます。外来からの宗教が土着信仰と混じり合って、新たな宗教・教義を作っていくことはままあり、富永徳磨や内村鑑三に限らず、八木重吉もこの例に当てはまると言えましょう。
 八木重吉とキリスト教の出会いは恐らく、北村透谷を介してだったのではないかと思います。年譜によると大正七年、二十歳のころは下記の出来事がありました*4。
 この年、『透谷全集』を読む。六月、北村透谷未亡人ミナを(中略)訪問する。この頃同級生と(中略)小石川福音教会のバイブルクラスに出席した。
 さらに翌年の大正八年の一月二十五日には洗礼を受け、正式にキリスト教に入信しています。北村透谷は「内部生命論」から汎神論だと思われがちですが、実はキリスト教の影響も受けています。事実、ミナとの恋愛もキリスト教が関係しています。許  培寛はこれを信仰の前史と位置づけているのですが*5、表現は別にしても、北村透谷はキリスト教に入信していたことは否定できません。葬儀はキリスト教式で行なわれているのです*6。
 そして、八木重吉は透谷の全集を買って読むほど傾倒していました。キリスト教に興味が湧いたのも、彼の影響だったと推察できましょう。 

オノマトペ

 内容面・思想面とは別にオノマトペも斬新であれば、そして詩全体と調和がとれていれば、異化*7が生まれます。例えば宮沢賢治も「中ではお茶がひっくり返って、アルコールが青くぽかぽか燃えていました」*8などオノマトペが特徴的です。「ぽかぽか」は暖かさのオノマトペであり燃焼の様子そのものあまり使いません。しかし、燃焼すれば暖かくなるので、関係があります。逆来通りの用法だと常套句になってしまい、表現としての面白みがありません。一方、全く的外れだと意味がつかめないので、絶妙なバランスで「ぽかぽか燃え」るという表現が成立していると言えましょう。
 一方、八木重吉もオノマトペを使って詩を書いています。例えば
ほそい
がらすが
ぴいん と
われました
 この詩は、「ほそい/がらす」の割れる音は耳を澄まさないと聞こえないほど小さな音です。そしてその音を聞き分けて、適切な音として描いているので、詩情があるといえましょう。
 また「ぴいん と/われ」た「がらす」を自らの心として詠んでいると解釈した時には、「ぴいん と」は「ぴいんと背筋が伸びる」などから緊張感が想像できます。少なくとも弛んでいるときには使いません。このことからガラスに〈語り手〉の心を投影していると解釈したときにも、「ぴいん」とは意味を持ちます。
 また、「ひびいてゆかう」では「おほぞらを/びんびんと ひびいてゆかう」と描かれています。たった二行の短詩ですが、「おほぞら」から明るい印象を持ちます。文字通りに解釈すれば、〈語り手〉が楽器でもない限り、「びんびんと ひびいて」とは言いません。しかし、〈語り手〉の心境を楽器に見立てていると解釈した時に、詩の意味が解りましょう。つまり、「びんびんと ひび」く楽器のように溌剌と生きたいと思っているのだと。


*1 藤堂明保『漢字源』(学研)
*2 同上
*3 田中清光「その詩の指し示すもの」(八木重吉『八木重吉詩集』思潮社)
*4 年譜((八木重吉『八木重吉詩集』思潮社)
*5 許培寛「北村透谷とキリスト教」(『文学研究論集』 11[on-line])
*6 Wikipedia「北村透谷
*7 Wikipedia「異化
*8 宮沢賢治「グスコーブドリの伝記」(青空文庫)



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アマルティア・セン『グローバリゼーションと人間の安全保障』(日本経団連出版)

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グローバリゼーションと人間の安全保障

概要

 今やグローバル化が進み、西洋の価値観がどこでも見られるようになったと言われる。しかし、インドの経済学者、アマルティア・センはこの考えを否定する。グローバル化は昔から起きており、今の流れはこの延長上にある、と。グローバル化の影響を再分配の観点から考察する。

はじめに

 マルクスは小説の解釈に必要なので別にしても、経済学そのものよりも経済史・経済思想に興味があります。経済とはそもそも何であるのか解らなければ、経済を考えてもどこか地に足が付かず、観念だけが先走ってしまうように思うのです。
 逆に行動経済学などのいわゆる「実用的」な経済学には全く興味が湧きません。僕にとって「富」とは技術・経験などの知識だからであり、預金残高はこのような「富」を集めるための手段に過ぎないのです。例えば、本の購入、文芸同人誌の発行、オフ会への参加……。
 より一般化すると価値観にのっとって生きるための手段だと言えましょう。そして、これは幸福度とも大きく関わってくるような気がするのです。

グローバリゼーション

 さて、グローバリゼーションは昔から起きていたと指摘します。

規模と速さ

 科学史を紐解いてみれば、「紙、印刷術、石弓、火薬(中略)など」がアジアからヨーロッパに伝わりました。また数学についても同様です。
 たとえばインドで生まれインドで発達した十進法は、直ぐにアラビア世界の数学に広く導入されるようになりました。こうした数学の発達がヨーロッパに入ったのは、主として十世紀最後の二十五年間においてでありますが、それは(中略)科学革命に重要な役割を果たしています。したがって、グローバリゼーションの推進力が何であったかということについては、そのすべてが西洋的なものでもなければ、西洋による支配と結びついたものでもなかったということになります。
 要するにアマルティア・センは昔から国家・民族を超えて技術の交流はあったので、「グローバリゼーション」は今に始まったことでないと主張しているのです。確かに、ヘレニズム文化、そしてフェニキア文字が伝播し、ギリシャ文字が作られたこともある種の「グローバリゼーション」と言えるかもしれません。
 しかし、フェニキア文字の伝播は地中海沿岸部、アマルティア・センの例はせいぜいユーラシア大陸だったのに対し、今の「グローバリゼーション」は地球規模。また階級はともかく伝播の速違も桁違い。例えば千年前は手紙を商人に託していたので、数ヶ月かかって届いていたことでしょう。しかし、今や、電子メールを使えば文字通り一瞬で届きます。また一九九〇年代では映像を送受信できませんでした。しかしSkypeなどが登場し、日本とブラジルでもビデオ通話が可能になっています。
 また紙や印刷術がヨーロッパに伝わったころは、多国籍企業はもちろん株式会社の概念すらありませんでした。もちろん、だんだんと制度ができていたので、定義次第で多少の変動はあるのですが、1600年設立のイギリス東インド会社などは、「航海の都度出資を募り、航海が終わる度に配当、清算を行い、終了」*1していました。これを「株式」に含めても1600年ごろ。今は企業の多国籍化が進みアマゾンやグーグルが日本などにも支社を置いています。つまり、程度も規模も著しく違うので、いくら文化交流が昔から続いていたといえども、同列に語っては問題点が見えにくくなります。
 具体例を挙げればタックスヘイブン*2。多国籍企業は税金を逃れるために法人税の安い国へ本社を置くこともありますが、本社にのみ課税していると、他の国でどれだけ経済活動を行なっても税収になりません。そしてこの問題はアマルティア・センの論法を使っている限り、隠されてしまう危険性すらあるのです。

西洋的の定義

 また、何をもって「西洋的なもの」と言っているのか解らないまま、話が進んでいます。西洋、つまり、ヨーロッパ(より厳密に言えば、トルコより西の地域)などの地理的区分やキリスト教徒などの宗教的区分、あるいはある一定の時代区分におけるキリスト教徒の信者が国民のどれくらいを占めているかなどなら非常に明快です。
 しかし「西洋的なもの」と言った時に、曖昧で、ともすれば、恣意的に定義できしかねません。例えば、フランスで生まれた以上、「民主主義」も西洋的なものですし、定量化・定式化した上で数学的な概念操作によって推論していくのも西洋的だと言っても構わないかもしれません。確かに数学的な概念そのものはインドやアラビアから生まれたのですが、それを1+1=2などの記号で表したのは西洋人だからです。またキリスト教の影響で一元論になっているのですが、これも西洋的だと言えます。「グローバリゼーションの推進力が何であったかということについては、そのすべてが西洋的なものでもなければ、西洋による支配と結びついたものでもなかったということになります」とありますが、キリスト教徒の意味で「西洋的なもの」を定義しているのなら正しい(つまり命題は真)にます。一方で、科学革命やキリスト教の布教がグローバリゼーションの推進力と捉えるなら、間違い(つまり命題は偽)となるのです。

貧困の問題

 グローバリゼーションが進むと、富の再配分が問題になります。貨幣と言っても、貨幣だけではありません。むしろ、貧困層の選択肢が少なくなることを、アマルティア・センは問題視しているのです。
貧困問題には憂慮すべき正当な理由があり、それは所得水準の低さだけではないのを認められなければいけないことです。低所得層に見られる飢餓、予防も治癒も可能であるはずの感染症の蔓延、幼児高死亡率など社会的弱者が強いられている経済的不安定、政治参加自由の略奪などを含む諸々の「非自由」を我々は認めなければなりません。経済成長によってもたらされる所得増大のうちどれほどが貧困層にいくかというのは、貧困問題と経済成長の関係を決定する多数の要因の一つに過ぎないのです。
 例えば、日本では健康保険制度がありますが、医者へ行くにも何割かは負担しなければなりません。つまり、低所得者層は医者への受診という選択肢がなくなるのです。またインフルエンザのワクチンは保険が効かず、3000円程度、支払わなければなりません。つまり貧困層はインフルエンザのワクチンを受けづらくなるのです。
 政治参加の自由についていえば、投票するにも時間が掛かるので、働き詰めの人には余裕がないかもしれません。さらに戦前は富裕層にしか選挙権が与えられていませんでした。
 また立候補するとなると、費用が掛かります。例えば「例えば、一般的な市議会議員選挙の費用は200万円〜800万円」*3で、供託金を法務省に収めなければいけません。売名などの無責任な立候補を防ぐためですし*4、一定の得票数を獲得すれば供託金は制度で貧困層が出馬を躊躇う可能性はあります*5。もし、選挙で立候補して政治改革したいのに叶わないなら、幸福度が下がることでしょう。
 そしてこれは選挙だけでなく、広く一般的に当てはまります。例えば、僕は同人活動や読書が趣味ですが働き詰めだったら、図書館に行く時間すら取れないかもしれません。また脳が疲れて、意欲が沸かなくなる危険性すらあるのです。
 アマルティア・センは女性を例に出しながら、下記の通り主張します。
グローバリゼーションをめぐる議論の多くは、貧困者も既存のグローバル経済秩序の恩恵にあずかっているか否かという点だけに注目し、しかもそれを不適切な方法で検証しようてしているようですが、それは究極的には間違った問いなのです。問うべきはグローバリゼーションによって女性〔などの不平等に扱われている人々〕が経済的、社会的、政治的機会のより公平な分け前にあずかれるようになれるか否かであり、真の問題はそこにあるのです。
 もちろん女性は一つの例に過ぎません。人種・宗教などにも広く当てはまるのです。そして社会的弱者の尊厳を守ることを、「人間の安全保障」と述べています。
 これはロールズ『正義論』*6の延長線上で考えると解りやすいかもしれません。ロールズは『正義論』の中で弱者救済の社会保障を色々と提案しているのですが、精神面にまでは深く触れていませんでした。センは途上国のニーズに応えられないと考えて、精神・物質両面で誰もが充実するために理論的な枠組みを構築していきます。その一つが潜在能力であり、誰もが潜在的に夢を叶える能力があると考えたのです。そしてこの潜在能力を引き出すために、教育はあるのだ、とも。

寛容性

 この文脈において、アマルティア・センはアクバル王の寛容性を非常に評価していますが、この文脈で考えなければいけません。西洋中心主義からの脱却を図り、東西の融合を試みているのです。アクバル王は1542年10月25日 - 1605年10月27日と言いますから、シェイクスピアとほぼ同年代ですが、「国家を中立の立場を保持すべき」とした上で「当時は、インドに限らず世界のどこにも誕生していなかった世俗国家概念の原点をこの宣言書の中に見出すことができる」としました。
 また、アクバル王以前にも、宗教の寛容性は遡ることができます。例えば十四世紀の著作や、さらにアショカ王にも見られます。「二千年近く前にアショカ王が国家の宗教的中立性について一般的な言葉で宣言していた」のです。
 彼自身は仏教徒で、仏教を庇護したのですが、「彼はダルマが全ての宗教の教義と矛盾せず、1つの宗教の教義でもないことを勅令として表明しており、バラモン教やジャイナ教、アージーヴィカ教は仏教と対等の位置づけを得てい」*7ました。
 これは仏教そのものの考えと関係しているのかもしれません。仏教はあらゆる悩みからの解放を目的としており、「執ママするもとのない人は、憂うることがない」とあるようにその原因の一つを執着に求めました。原理的に言って、宗教的な執着も執着していることには変わりません。現に仏教は神々がいると考えているものの*8、神や超越者の存在を抜きにして世界を説明しているので、無神論に含まれます*9。神がいないと明言する立場を無神論、神を認めつつつ世界を神の概念なしで説明しているような世界観を、無神論的な世界観とここでは呼ぶことにしましょう*10。
 この二つは特に宗教政策を語る上で区別しなければいけません。無神論は全ての宗教から反発を買いますが、無神論的な世界観は世界の成立に特定の神を持ち込んでいません。全ての宗教に対応でき、寛容の可能性を秘めているのです。アショーカ王やアクバル王がどこまで意識していたかは解りませんが、他の宗教を受けいれることで学問の発展につながります。宗教だけではありません。人種、民族、男女、性的指向、障害の有無、政治思想などにも当てはまるのだと僕は思っています。
 インドの例ではありませんが、イスラム教がスペインを統治していた際も、イスラム教になれば減税対象になるだけでことさらに迫害しませんでした*11。そしてこの結果、イスラム帝国は一時期、学術の中心地になったのです。

アイデンティティ

 アマルティア・センの多元論は国家の宗教政策だけではなく、個人のアイデンティティにも向けられています。「文明は衝突するのか」ではサミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」へ反論しているのですが、アマルティア・センいわく、ハンチントンは文明一元論に陥っていると言います。例えば「西欧文明」と「イスラム教文明」、「仏教文化」と「イスラム教文明」……。しかし、文明・文化的背景以外にも多元的な対立軸があるはずだとアマルティア・センは言います。例えば男女……。ハンチントン『文明の衝突』は読んでいないので、アマルティア・センの解釈がどれどけ的を射ているのかは判断できないにせよ、下記のくだりは違和感を覚えます。
 基本的な論点として私が示したいのは、アイデンティティーの複数性を認める必要があるということ、そしてアイデンティティーをなんとなく「見つける」のではなく、責任ある人間として多様な関係や所属の中でどれを優先していくか決めていかなくてはならないということです。これとは対照的に〔文明の〕「衝突」を不可避とする理論の持ち主は、分類の基準がいろいろあることの妥当性を頑なに否定しようとしたり、あるいは暗に無視しようとするのです。また、これに関連して、私たちが自らの優先順位について意思決定をする責任を負うことにも否定的なのです。
 例えば、「同じ人物がアメリカ人で、ハワイ出身で、キリスト教徒で、共和党支持者で、菜食主義者で、長距離ランナーで、歴史家で…」などのように列挙しているのですが、濃淡のようなものがあるとすぐに気付きます。例えば英語の母語話者なら、英語で物事を考えていることでしょう。またアマルティア・センの例でいえば「歴史家」は「日系」のアイデンティティと関係しているかもしれません。
 僕自身の例でいえば、左脳が右脳を補って発達している、左手に麻痺がある、吃音がある、名古屋市民である、文学が好き、同人作家である、哲学が好き、数学が面白いと思い始めた、物理が苦手、ホームページの作成が好き、仕事でマクロを使っているなどのアイデンティティがあるのですが、僕の場合は障碍者としてのアイデンティティよりも同人作家としてのアイデンティティが意識が強いのです。名古屋市民の意識はあまりありません。そればかりではなく、左手に麻痺があるから実験ができず、物理が苦手になり、その反面、数学は頭の中で完結するから、面白いと思い始めたなどのように、密接な関わりがあります。少なくとも同列ではありません。多かれ少なかれこのように各アイデンティティの濃淡には因果関係があります。あるいは自己物語*12と呼んでも構わないのですが、これこそがアイデンティティの正体だと思うのです。アマルティア・センの「アイデンティティ」とはむしろペルソナの概念に近いように感じました。
 もちろんアイデンティティの選択は可能なのですが、アマルティア・センの主張と異なり、その場その場で選択するものではないと僕は思います。人生経験の再構築によってアイデンティティを選択するのですが、再構築の記憶すらもアイデンティティの一部として取り込まれるのではないかと考えています。科学史の例示でも言えますが、多元主義にこだわるあまり、過剰なまでに物事を同列だと考えているのかもしれません。

*1 Wikipedia「株式会社
*2 Wikipedia「タックス・ヘイヴン
*3 「選挙に立候補するには【選挙に必要な費用】」(選挙立候補.com)
*4 同上
*5 「[スピーチバナー] 供託金600万円 | 渡辺てる子」(れいわ新選組)
*6 ジョン・ロールズ『正義論 改訂版』(紀伊国屋書店)
*7 Wikipedia「アショーカ」 
*8「実に神々・悪魔・梵天とともなる世界において」と述べている(『ブッダの言葉』岩波書店)
*9 小川圭治「神論における無神論」(『哲学・思想論叢』第3巻[on-line])
*10 ルクレーティウスもゼウスの存在は認めながらも人間には影響を及ぼさないと考えているので、〈無神論的な世界観〉である(ルクレーティウス『物の本質について』岩波書店)
*11 シャルル=エマニュエル・デュフルク『イスラーム治下のヨーロッパ』(藤原書店)
*12 最新 心理学事典 「自己物語法」の解説




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フリードリヒ・フォン・シラー『メッシーナの花嫁』(岩波書店)

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メッシーナの花嫁 (岩波文庫 赤 410-14)

あらすじ

 イタリア、シチリアの都市メッシーナ。先王には二人の王子以外に娘、ベアトリーセがいたが、不吉な夢を見たため、殺害を命じる。しかし妃、イザベラは夢のお告げに従い、僧院に託した。やがて王の葬儀の際、王子の一人がベアトリーセに一目惚れ。禁断の恋が悲劇を生む。

はじめに

 以前、地下鉄の人身事故で職場から帰れなくなったことがありました。たまたま近くの古本屋さんが開いていたため、そこでネルヴァルの『火の娘』と木田元の『反哲学としての哲学』を購入。『火の娘』動き出すまで読んだのですが、そこでたまたま『メッシーナの花嫁』も見つけました。1000円以下なら買おうかと思っていたのですが、2500円! 定価の4倍に断念。図書館から借りてきました。

ギリシア風の戯曲

 この戯曲はギリシャ悲劇、特にソフォクレスの影響を受けています。ソフォクレスの『オイディプス王』もまた母子の近親相姦を扱っています。オイディプス王は災いをもたらすと予言を受け、捨てられるのですが、結局、巡り巡って、予言の通りになります。一方、『メッシーナの花嫁』も、兄妹とは知らぬまま、婚姻関係を結ぼうとしてしまいます。つまり『メッシーナの花嫁』も『オイディプス王』も事情を知らないまま近親相姦を行なっているのです。
 それだけではありません。合唱隊が出てくるのですが、これはギリシャ悲劇の特徴でもあります。コロス(χορός)と呼ばれ、これがコーラスに変化したのですが、単なるバックコーラスだけではありません。例えば、『オイディプス王』では下記の通り配役としての台詞があります。
 コロスの長 (前略) 神に誓ってお答え申します。──先王を殺害したのはわたくしでもなければ、またわたくしは、その殺害者を、この手で示すこともできませぬ。
 アイスキュロスの『アガメムノーン』でもナレーターのみならず、家臣の一人として登場しています。
 シラーの『メッシーナの花嫁』でもまた、「我々は主君のために戰うばかりだ。/主をはずかしめられて平氣でいるのは、/勇氣も名譽もない人間だ」とあるように、コロスは臣下として登場します。また下記の通り、登場人物のドン・マーヌエルとも会話しています。
 ドン・マーヌエル (中略)わしは萬全の策を講じ、先手を打ってやろうと思うのだ。
 合唱(カイェターン)それはいかになる手段にございましょうか。何やら恐ろしうございまする。
 このように具体的に比べると、ギリシャ演技の伝統を意識していると解りますが、背景について、訳者の相良守峯によると。「アリストテレスやソフォクレス、アイスキュロスなどギリシア親の研究をなすにつれ、歴史的事實をはなて人間性から生まれてくる悲劇の根源的現象を、最も素朴にして單純な形に取り扱かって見たいと念願をおこした」*1そうです。もちろんギリシャ文化は西洋の下になっているからなのですが、このころ、美術を巡って論争が勃発していました。ラオコオン論争と呼ばれるのですが、レッシングやヴィンケルマンが古代ギリシャ美術を論じていたのです*2。そこからカント(やヘーゲル)が「美」とは何か本格的に考えていきました。『メッシーナの花嫁』はラオコオン論争から四十年後の作品ですが、カントの美について影響を受けて、美学論文を執筆しています*3。
 また、『メッシーナの花嫁』にも、 それは「美というものは、それ自体が最高の飾りには違いない/しかし高い身分はその美をも飾ることができる」などの台詞からも読み取れましょう。

キリスト教の影響

 もちろん、古代ギリシアの作風をそっくりそのまま移植していません。キリスト教の影響が伺えます。
 先王の夢占いが『メッシーナの花嫁』の悲劇につながるのですが、その様子をイザベラは下記の通り語ります。
 そのアラビア人の占いによると
もし私が娘を生むことがあったら、
その子は父上の二人の息子を殺した上
一族がのこらず娘のために滅亡するというのです。
 しかも少し前で「アラビア人に夢の判󠄁斷を頼まれたのだ」とある通り、二度目の言及です。この場合、代名詞のErなど(英語のheに相当)を使えば事足りるので、さり気なく「アラビア人」を強調する効果がありましょう。
 シラーがこの効果ゑねらっていたかは解りせんが、アラビア人かが問題ではなく、イスラム教への対抗意識が読み取れます。それは「僞りの海┐茲蠅眞實の辰某鬚掘廚量注にも「僞りの海┐ 囘海髻△泙垂稚蕕煉辰魯リスト海煉辰魄嫐する」*4とあることからも伺えます。
 しかしここで単純にイスラム教への敵対心だけではありません。劣等感コンプレックスが読み取れるのです。どうして占い師として政権の中枢に入り込めたかというと、少なくとも中世までは学術の中心地はバグダッドだったからです*5。つまりイスラム教の哲学者からキリスト教徒たちは学問を学んでいたので、このような描写がリアリティを帯びたのだと言えましょう。しかしイスラム教徒に花を持たせるのは、プライドが許さなかったのだと推察しました*6。
 また、夢占いといえば今でこそ話半分で聞くことが多いのですが、例えば医師、イブン・スィーナーは夢判斷を肯定しています*7。これが当時の一般的な認識か、イブン・スィーナーの私見だったかは定かではありませんが、当時のアラビア医学で夢判斷がある種の「科学」として影響力を持っていたことが解ります。
 キリスト教の影響は占い師の人種だけではありません。ソフォクレス『オイディプス王』では占い師の預言通りの結未を逃れるために行動した結果、預言通りの結未になるのですが、『メッシーナの花嫁』では預言通りの結未にはなりません。ソフォクレスの場合はアポロンの預言なので、ギリシャの神です。つまり、自分たちの信仰する神ですが、『メッシーナの花嫁』ではイスラム教徒の神託であり、神は異なっていると認知されています*8。この違いこそが、預言通りになるか否かを分けていると言えましょう。

*1 相良守峯「解説」(シラー『メッシーナの花嫁』岩波書店)
*2 Wikipedia「ラオコオン論争
*3 Wikipedia「フリードリヒ・フォン・シラー
*4 相良守峯「註」(シラー『メッシーナの花嫁』岩波書店)
*5 B・C・ヴィッカリー『歴史のなかの科学コミュニケーション』(勁草書房)
*6 シラーの『群盗』はキリスト教の放蕩息子がもとになっている(Wikipedia「群盗」)
*7 Wikipedia「イブン・スィーナー
*8 同じユダヤ教から派生しているので、同じ神を崇めていると言えなくもない。



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ねじめ正一『ねじめ正一詩集』(思潮社)

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ねじめ正一詩集 (現代詩文庫 第 1期90)

概要

 ねじめ正一の詩は決して上品と言いがたい。糞尿や性を露骨に題材としているのだ。それゆえ、「便所の落書き」などと批評家からは顰蹙を買った。しかし、ねじめ正一は現代詩、そして詩的言語への問題意識を抱き、その克服のためにあえて糞尿を題材にしたのである。

はじめに

 詩は文学の基本だと考えて、読んでいます。ホメロスもマハーバーラタも洋の東西を問わず、物語は詩の形式でした。また、ポオ、萩原朔太郎、宮沢賢治なども詩と小説の両方を書いています。ねじめ正一もまた詩と小説の両方を手掛けています。
 本当はアガサ・クリスティなどが引用していることもあり、イギリスなどヨーロッパの詩が好きなのですが、海外の母語の詩でなければ本当に理解できないと(勝手に)考え、日本の詩を読んでいます。
そこでWikipediaで日本の詩人の一覧を調べ、最新国語便覧などを参考にしながら、図書館から詩集を借りています。
 ねじめ正一の詩は正直、あまり好きにはなれませんでした。誰かがこういう詩を書かなければいけないとは理解できますし、好きか嫌いかは抜きにして作品を論じなければ、本当の価値は解りません。

性表現

 ねじめ正一の性表現はあけすけです。例えば、「愛人メートル」では、「コンドーム自動販売機」「ペニス」などの名詞が隠さずに出てきます。谷川俊太郎は一部、女性器の詩を書いているのですが、このような詩はもちろん稀です。
 日本の詩と海外の詩では文化が違うので、一概には比較できないのですが、例えばポール・ヴァレリーは下記の詩を詠んでいます*1。
「世界一気高い……」
世界一気高い船の金色のへさき、
波が来るたびに高々と跳ね上がるへさきよ、
世界の海がその航く姿をかつてみなかった
世界一美しい船長がみせる青色の目。

そして、きみ、陽の光と水の泡にたっぷり愛撫された
みるだに心地いい船腹のいとしい喫水線下よ、
きみの影を千々に砕き、塩味のする割れ目にきらめく水の
立てる逆波を平らにして、
さあ、行け、ぼくの「船」よ、きみの泊まる港といえば
きみが張っているしあわせいっぱいのメインスルの下、
舷側いっぱいに積んでいる愛を
まちこがれている、このこころしかないよ。
 一読して解るように、女性を「船」に喩えています。ちなみにイギリスでもヴィクトリア朝の詩人、ブラウニングも「夜のあいびき」*2で性的な詩を書いており、この詩も隠喩を使っているのですが、ヴィクトリア朝は禁欲的な文化でしたので、この影響もあったのでしょう*3。
 しかし、日本でも性に関することがらを公共の場で話していけません。例えば、「わいせつ物頒布等の罪」が刑法にあります。また法律のレベルだけではありません。語彙のレベルでも比喩的に語られているのです。例えば「同衾」。字義通りに解釈すれば、「同じ衾」。衾は昔の掛け布団ですから、「同じ布団で寝る」意味になり、つまり性的交渉を指しているのです。表現したい概念の代わりに、隣接した概念で表すことを換喩です。さらに言えば、「セックス」自体にも本来、生物学的な性別の意味だけであり、性的関係の意味がありません*4。
 日本古来の表現においても全く同じです*5。具体例を挙げると、「ちぎる」がありましょう。もともとは約束*6でしたが、結婚の約束から性的関係の意味に使われるようになりました。また「あふ」も同じです*7。これは字義通りに解釈すると「会う」なのですが、今日的に言えばデートの意味になり、そこから性的関係の意味になったのです。この他、「売春」も字義通りに解釈すれば、「春を売る」であり、字面からは性的な意味がありません。これがどうして「性」の意味になるかは、少し複雑です。「春」は春画、思春期のように性の比喩なのですが、「春から初夏にかけてを木の芽時とも言い、性的活動が盛んになるものとされている」*8ので、性の比喩になったのです。
 このように古今東西、性表現に関しては直接的な言明を避けてきました。しかしねじめ正一はあけすけにまで露骨な性表現を使っています。この理由を知る手掛かりが、エッセイの中にあります。 私の詩に即して言えば、それはコトバの関節を外すということだ。コトバとコトバのつながりや関係をなくすということだ。
 現代詩にはなぜか公認の詩的言語、詩のコトバというものがあるらしくて、私の詩なんぞは何年か前には「便所の落書き」、最近では「ブタ」の言語などと呼ばれて、諸先生のヒンシュクを買いつづけている。別にエライ(と自分では思っている)先生に褒められたくて詩を書いているわけではないからそんなことはどうでもいいのだが、私は、詩的言語という考え方そのものがことばの関節を固くしてしまっている元凶なのではないかと思うのだ。詩的言語で組み立てられた詩は、ちょうど業界用語だけで話し合っている会話と同じで、おもしろがっているのは当人同士だけ、まわりの人間には何を言っているのかちんぷんかんぷんでおもしろくもなんともない。このことに気づかないのは、おそらく言葉というものの流通性や伝達機能を詩人たちがあまりにも当然のこととして甘えてしまっているからだろう。
 すでに見た通り、性表現などは婉曲的に語られるのですが、これは多義性を利用している以上、言葉の伝達機能に依拠しています。伝達機能があるからこそ多義的に語っても、性的な意味だと理解できるのです。また本来「性別」の意味しかないはずの「セックス」がいつの間にか性的交渉の意味で使われるなど、一度、性的な意味を帯びると、この表現が定着していきます。これが流通性なのでしょうが、ねじめ正一はこれに甘えて詩人が努力を怠っていると考えました。この結果、詩人以外には解りにくくなっているとしたのです。
 また、性的な言説の二重性もねじめ正一にとっては重要だったのかもしれません。すでに見た通り、性的な言説は一般的に禁忌です。一方で、人類の子孫繁栄にとっては欠かせません。

糞尿

 糞尿も「排泄戦線」などのようにまた、ねじめ正一が好んで使いますが、性的な言説と同様、二重性を持っています。汚いから排除しているのですが、完全に締め出しては生命に危険すら及びます。この二重性は「毒掃丸」で描かれてます。
ウンコ、ウンコでないよ
ウンコでないと死んじゃうよ
ウンコのおばけっているかな
どちらが先にでるかな
ウンコ、ウンコでないよ
ウンコでないと死んじゃうよ
ウンコの孤独ってあるかな
ウンコでたら見てみよう
ウンコ、ウンコでないよ
ウンコでないと死んじゃうよ
死んだらウンコでるかな
死んでもウンコでないよ
 リフレインで「ウンコ、ウンコでないよ/ウンコでないと死んじゃうよ」とある通り、排泄をしないと、死にます。また下痢などの胃腸はもちろんストレスなど健康のバロメーターにもなります。しかし、排泄(物)の大切さは汚物として排除されがちです。
 性表現と同様に「お手洗いに行く」などのように婉曲表現で語られることからも言えましょう。日常の事物を異化して語ることで、詩(的言語)はそのアイデンティティを確立してきました。異化とは例えば、女性を船に喩えるなど、「慣れ親しんだ日常的な事物を奇異で非日常的なものとして表現するための手法」です。見慣れると「自動化」してしまうので、何の驚きもありません。この自動化を避けるために、異化を用いるのです。
 そして異化のためには婉曲表現が欠かせません。しかし排泄と性表現などについて言えば、すでに婉曲的に語られているので、婉曲表現が異化を妨げているのです。
ばくがなにがなんでもウンコになると決意したらすぐに便所に駆け込む。食堂テーブルの上でもいいのだが変身取り巻く有象かなびく排泄物の物とり作戦はなるべく温い方がいいから我が家でいちばん明るい便所に駆け込む。いくぜいくぜおいおいと浣腸よろしく拳つくって尻の穴に突っ込み、きばるにきぼって、あ、ウンコして、え、ウンコして、お、ウンコするが、ウンコを形作る繊維質の中心は埋まっているからこのように便あふれんばかりのウンコが溜まってきても水洗便所の水は流れず、なしもかもってウンコして、よりしかぞしてウンコして、よりいゆそれいゆかっぱらいながらウンコして、おおぼくのカラダが自戒白書の転未尻とけていくようにウンコにひっぱられ、ああこのままウンコになれると思うやにわに、ほざく運命のいたずらアワー連呼泡しく、ぼくをウンコにさせまいと“排泄よりも食欲を”と、大好物のマクドナルド・ハンバーガーが世界市場形態会機まわりまわって、尻な穴にビビビィと送られてくるからマンテクテンテクの気合い込めて、尻の穴の筋肉帆立る逆向けアップで電波切り落し……。濃密きそくてみぞりん幅でウンコウンコにぼくのからだひっぱられ、この身そのままゆくままにまじょろめて、ついにぼくは……。
 このようにねじめ正一は必要以上に排泄を強調しているのですが、日常生活において、排泄のことはおろか、「ウンコ」と言ってはいけないことへの反動のようでもあります。
 ねじめ正一以外の詩が普通の言葉を異化によって高めたとすれば、ねじめ正一は忌み言葉を「自動化」によって、つまり異化から取り除いて、一般の名詞と同列に扱うことで、忌み言葉を普通の言葉にまで高めたと言えましょう。

一文の長さ/h3> さて、ねじめ正一の詩には題材以外にも特徴があります。ともかく一文が長いこと。第一詩集「ふ」ではは行分けの詩を書いていましたが、中期の詩は行分けを全くしていません。これについてねじめ正一は「つめ込めるだけつめ込で、ぎりぎりのところでカーブを回る快感を覚えてしまった私にとって、余白や行間に語を託していく行分け詩のやり方はどうもまだまだるっこしい」*9と語っています。
 ねじめ正一の文章は多くの詩論の例に漏れず、自分の感覚を比喩で説明しているので、解りにくいのですが、僕なりに噛み砕くと、コントロールが難しい文章を上手に扱ったと感じた時の快感です。一文が長くなればなるほど、主述の関係、修飾−被就職の関係など、意味のコントロールがしにくくなります。特に場面転換の時は今までの文脈を踏まえなければ、文章全体が破綻しかねません。その様子をねじめ正一は下記の通り表現しています*10。
 やはり私はコトバをつめ込めるだけつめ込んでこれ以上支えきれないというところでカーブを回る文体の持久力を高めていきたいのである。具体的にいうと、私の詩では、たとえば「矢庭に」というコトバが使われるときがカーブを回る瞬間になる(後略)。
 もちろんねじめ正一のたくらみは尊重したいのですが、これとは別に意識の流れともつながってくるのではないかと思います。
 意識の流れとは平たく言えば、思ったままを、思った順に書く技法。我々は理性によって、言葉を取捨選択してから語るのですが、意識の流れでは地の文に取捨選択していないまま書きます。例えば、ウィリアム・フォークナーは『アブサロムアブサロム』で意識の流れを使っているのですが、「ピリオドもなしに一つの文が延々と続き、時にはハイフンで挿入される文が何十語も間に入るなど、人の語りと思考の揺れを表現しようとしてい」*11ます。「愛人メートル」も四ページにわたり、一つの文章が続くなど、共通点があるのですが、形式的な面ばかりではありません。
 例えば、「ピタリとぶつかり、愛人狼狽隠す(下線は有沢による)」と本来なら不要な箇所に「愛人」と入っています。意味の上では過剰なのですが、詩の〈語り手〉の心に「愛人」という言葉が浮かんだからなのでしょう。つまり、意識の流れを使っているからこそ「愛人」という言葉が過剰なまでに出てくるのだと解釈しました。

*1 ポール・ヴァレリー『コロナ/コロニラ』(みすず書房)
*2 ロバート・ブラウニング『ブラウニング詩集』(岩波書店)
*3 Wikipedia「ヴィクトリア朝」およびWikipedia「ヴィクトリアニズム
*4 研究社 新英和中辞典「sex」には、「without distinction of race, age or sex 人種年齢男女の別なく」、「the equality of the sexes 男女平等.」などの用例が載っている。
*5 友岡純子「タブー語の娩曲構造における一考察──性表現の場合──」(お茶の水大学教育・研究成果コレクション[on-line])
*6 今昔物語の「頼信(よりのぶ)、これを聞きて、ことしもそこそこにもとよりちぎりたらむやうに」は一般的な約束の意味で使われている。
*7 橋本 治「平安時代の「逢う」は、ストレートに「セックスする」ということです! 橋本治が明かす百人一首の楽しみ方」(現代ビジネス)
*8 Wikipedia「
*9 ねじめ正一「カーブを回る快感」(ねじめ正一『ねじめ正一詩集』思潮社)
*10 同上
-11 Wikipedia「アブサロム、アブサロム



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ジョン・スチュアート・ミル『ミル自伝』(みすず書房)

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ミル自伝 (大人の本棚)

概要

 功利主義の哲学者、ジョン・スチュアート・ミル。彼はいかなる教育を受けてきたのだろうか。経済学者の父、ジェームズ・ミルから古代ギリシャ語を学び、八歳のころ歴史の本に興味を持つようになった。父親は職業柄、リカードやジェレミー・ベンサムとも親交があった。特にベンサムの影響は功利主義を語る上では欠かせない。

はじめに

 アマルティア・センに興味を抱いて調べていくうちに、ジョン・ロールズに行き着きました。二人が功利主義を批判しているので、その論客、ベンサムやジョン・スチュアート・ミルの著作を読んでいます。『自由論』『功利主義』を読んで、ヘンリー・シジウィックの著作を読もうと調べてもありませんでした。
 仕方がなく、ミルの著作か解説書にしようと思いましたが、解説書は何か抵抗があります。ミル自伝を図書館から借りてきました。ルソーの『告白』は別としてもに、自伝・伝記の類はあまり好きでありません。子供向けの伝記では、立身出世主義や努力主義が多く、半ば辟易していました。なんで娯楽のために本を読んでいるのに努力の重要性を説かれなければいけないのだろうと子供心に反発したものです。しかし、物語の一種だと思って読むことにしました。

教育

 この自伝について教育の議論をする上で参考にしてほしいとミル自身は書きました。ミルがこの自伝を書いたころ、イギリスでは、教育の制度改革が議論に上っていたのです。
 しかし、父親が学者だけあってかなりの英才教育を受けました。
 私が三歳になると、さっそくギリシャ語を教えたという──、もっとも私は覚えていないのだが。今思い出せるいちばん古い記憶は、よく出てくる単語の綴りと意味をカードに書いた父の手製の単語帳を渡されて、一生懸命暗記したことである。文法はとりあえず名詞と動詞の語形変化だけを教わり、それ以外のことは数年先に後回しにして、単語帳を終えるとすぐに訳読に移った。
 そして「八歳でラテン語を教わるまで父親に教わりながら、ヘロドトスの歴史を通読、クセノポン、七歳の頃にはプラトンの『対話篇』を読んでいる」のです。その中には『テアイテトス』も含まれていましたが、『テアイテトス』が七歳で理解できるはずもなく、やらない方がましだったというのが本音である」と書いています。ギリシャ語は外国語でありながら、西洋文化に影響を与えたので、現代日本で言えば、漢文に当たると考えています。
 ジョン・スチュアート・ミルが理解できなかった理由はまた違うかもしれませんが、『テアイテトス』は数学の、しかも無理数の話が出てきます。また『テアイテトス』に限らず、プラトンは幾何学から強い影響を受けているので、ギリシャ語だけでなく数学の教養も必要となりましょう。この真数もまた、父親から教わります。僕も『ぐりとぐら』、『はれときどきぶた』シリーズなどの絵本はもちろん、子供向けの古事記、雨月物語、今昔物語を読み聞かせてもらう、なぜかポオの『お前が犯人だ』を読み聞かせてもらう、なぜか江戸川乱歩『三角館の恐怖』が自宅にあるなど、今から思えばかなり本に囲まれて育ちました。ちなみに「金田一少年の事件簿」はマガジンを買って(もらって)読んでいたのですが、家族ぐるみで犯人当てを楽しんでいた記憶があります。しかし、ジェイムズ・ミルは恐らく強制していたのに対し、我が家は自然に読書をするような環境であったのでしょう。そして、これはジョン・スチュアート・ミルにもある程度当てはまりそうです。
 彼は上述のような英才教育を受けたのですが「一人で読んだ本からであり、また散歩をしながら父が道々する話の中から」多くを学び取っていったのです。
 また、彼は少年時代、中世史に熱中しました。その際も父親と本の話をしています。父親がジェレミ・ベンサムから『年鑑』を借りてきて読むのですが、下記ように記述しています。
 アメリカ独立戦争のところでは、子供らしい単純さで「英国側」と書いた方に味方してしまい、そちらは正しくない側だと教えられたことを覚えている。読んだ本のことはよくこんなふうに話題に上り、そんなとき父は機を逃さず文明(中略)などをあれこれ説明し、私にあらためて自分の言葉で説明し直させるのだった。
 歴史に関して言えば、立場が違うだけだと僕は思っているのですが*1、補足すると、年齢以外にも、民主主義と君主制治の対立だったとジェームズ・ミルは考えていたのかもしれません。勉強だと考えて僕は読んでいません。むしろ、この『ミル自伝』ですら突き詰めれば娯楽のためですが、それでも強いて言えば、この方法は子供の勉強以外でも応用できます。勉強はただ漫然と眺めるよりも、人に話すなどアウトプットで定着するのです*2。
 一見詰め込み教育だと思えますが、ジェームズ・ミルは知識を無闇に蓄える教育方針には否定的でした。
青少年期に大量の知識をひたすら叩き込まれると、考える力は養われず、逆に過剰な知識で損なわれやすい。生徒は断片的な事実だの人の言ったことだのを次々に詰め込まれ、自力で考えずにそれらで代用するようになる。こんな具合だから、教育熱心な父親を持った名家の師弟が往々にして教えられたことをわけもわからず唱えるだけで、あたえられた道筋通りにしか頭を使えない人間に育つことになる。
 しかし、この後、ディケンズが『ドンビー父子』*3で諷刺したようにイギリスは詰め込み教育に舵を切っていきます。そればかりでありません。教育が金儲けの手段になっていったと伺えます。

 ジョン・スチュアート・ミルははこのような教育を受けてきたのですが、精神分析を使うと、興味深く読めそうです。
 少年時代までは父親の倫理観をそのまま受け継ぎ、言われるままフランスへ出張するなど仕事も手伝っていました。しかし、ミルはある時、父親の倫理観・教育方針を疑い始めるのです。
望ましい連想をつくりだして植え付けるのに、父たちが頼っていた手段は表面的だと思えてならなかった。結局は信賞必罰、アメとムチを使う分ける昔ながらのやり方である。このやり方でも幼いうちから始めて倦まずたゆまず続ければ「これをするといやな気持ちだ」「これをすると気持ちがいい」という連想、とりわけ前者を頭に染み込ませることはできるだろう。それを一生の間自たせることも不可能ではないかも知れない。だがそうして作られた連想は、どこか人工的で脆いにちがいない。強制的に植えつけられた苦楽の感情は、けっして自然に思い浮かぶ連想ではない。私の考えでは、強制的な連想は、ものごとを疑ってかかりいちいち確かめようとする習慣が芽生える前に深く根づかせ、生来の感情と不可分にしておかなければ効果がない。分析の習慣がつくと、強制的に植え付けられた感情は弱められやすいからだ。情操を養わずに分析ばかり偏り、自然の心の動きによる助けや補いがないままでは、強制的な連想はやがては効力を失う。
 父親を批判的に捉える前、「精神の一大危機」を迎えていました。「日々の小さな悩みを忘れさせてくれる一夜の眠りも、この時ばかりは効き目がなく、朝になればたちまち自分の惨めな状態を思い出す」とした上で、コールリッジの詩を引用するだけで、当時の心境を綴っています。
 この場合、自分の言葉で言いたくても言えなかったと見るべきでしょう。自分の言葉で書くと、当時の思い出などが蘇って、苦痛になってしまうから。しかし、苦境を何とかして理解して欲しいと考え、コールリッジの詩を引用するに留めておいたのだと解釈しました。そして父親については下記の通り綴っています。
 父はいちばん助けを求めたくない相手だった。悩み苦しむこの気持ちは、父には絶対にわかるまい。たとえ何とかわかってもらうことができたとしても、何もできまい。すべて父の手になる私の教育は、こんな結果をまったく想定せずに行われたのだから。この失敗はおそらく取り返しがつかず、すくなくとも父の力では修復できそうにない。そうとわかっている以上、「あなたの教育は完全な失敗に帰したのだ」と父に告げて苦痛を与えても、何の意味もない──
 もし先にこの部分を書いておいて後から当てはめたのでなければ、つまり『自伝』の文章通りの順番で書いたとすれば、拒絶から恩義・愛情にいたる過程がこのパラグラフに現れていると言えます。そればかりではありません。コールリッジの詩を引用する前は淡々と(今日の言葉で言えば)抑鬱の症状だけを綴っているのですが、引用した後では当時の心境を事細かに書いているのです。ここで「マクベスが心の薬を医者に求める場面が何度となく頭に浮かんだ」と綴っています。シェークスピアは純文学だと思うかもしれませんし、おおむねその理解であっているのですが、ルネサンス期の大衆演劇であり、娯楽目的でした。
 しかしジョン・スチュアート・ミルは父の教育方針で娯楽のために読書していません。つまりささやかな無意識の反発心が読み取れるのですが、同時に純文学としての側面も確かにありましょう。シェークスピアについての言及は父親への両義性を象徴していると解釈できます。
 さらには『マクベス』のあらすじを見ると、父親を乗り越えようとしていることが解ります。マクベスは主君のダンカンを殺害するのですが、フロイトは『オイディプス王』の分析などに代表される通り、殺害を克服の象徴だと捕らえました*4。この理論を使えば、ジェイムズ・ミルとダンカンを重ね合わせていたことが推察できましょう。

社会

 さて、ミルは抑鬱状態になる前「世界の改革」に生き甲斐を感じていました。また「精神の一大危機」を乗り越えてからも、社会に興味を抱き続けます。例えば一八六六年に婦人参政権を提案しました。
 ミルは功利主義者なので、女性が社会進出しなければ社会全体の幸福度が下がると考えていたかと言うと、最初は違いました。「抽象的な理論にとどまっていた」としながらも、下記の通り考えていたのです。
 男が他人に隷従すべきではないのだから、女もすべきではない。男の権利を守るのと同じだけ、女の権利も守らなねばならない。そして、両者に平等の発言権を与えて両者を拘束する法律をつくらない限り権利保護の実現はまず不可能だ(後略)。
 極めて素朴ではありますが、功利主義よりは「女の権利も守らなねばならない」とある以上、社会契約説に近いと言えましょう。
 国家は国民の自由を制限する代わりに、生存権などの権利を保護していると考えました。例えばトマス・ホッブズは『市民論』*5において、「万人の万人に対する闘争」を食い止めるために国家はあると説いています。もし法律がない状態、つまり人を殺しても裁かれない社会で生きていたら、いつ殺されるかも解りません。法律でそのような自由を制限すると平和な社会が実現できるとホッブズは考えたのです。
 しかし、『女性の解放』*6では下記の通り、功利主義としての観点から男女同権を訴えています。
能力ある人間は現在きわめて少い。女性にすべての職業を開放すれば、この欠点は部分的には解決する。女性の精神力は、全部使われていないとはいえないが、大部分は浪費されている。自由競争は、女性ばかりでなく、男性の知力をも刺戟するであろう、そしてそれにより、利用しうる能力を大いに増すことができるであろう。
 そして、これは『自由論』*7で男女の枠組みを超えて個人のレベルにまで拡張されることになります。

*1 これは僕が相対主義者だからであろう。
*2 『勉強ではやっぱり「アウトプット」する人が強い! あなたが紙に書き出すべき3つのこと』(Study Hucker)
*3 チャールズ・ディケンズ『ドンビー父子(上)』(こぴあん書房)
*4 フロイト『世界の名著〈49〉精神分析入門』(中央公論)
*5 トマス・ホッブズ『市民論』(京都大学学術出版局)
*6 ジョン・スチュアート・ミル『女性の解放』(岩波書店)
*7 ジョン・スチュアート・ミル『自由論』(光文社)



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アレクサンドル・ソルジェニーツィン『イワン・デニーソヴィチの一日』(新潮社)

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イワン・デニーソヴィチの一日 (新潮文庫)

あらすじ

 イワン・デニーソヴィチ・シューホフはラーゲル、すなわち刑務所で生活を送っている。しかもただの刑務所ではない。政治犯・思想犯専用の刑務所である。そこで過酷な生活の一日を克明に描いた作品だ。酷寒の中で薄着の身体検査、反発したら刑期は延長など。
 しかしこれほど過酷であるにも関わらず、あまり暗くはなく、むしろどこか温かみさえ覚える。

はじめに

 石原吉郎『サンチョ・パンサの帰郷』*1はラーゲルでの体験を詩で描いており、そこからラーゲルに興味を持ちました。ソルジェニーツィンは前々から読みたかったので、これを機に読もうと決心。本当はルポルタージュ『収容所群島』*2を読みたかったのですが、全六巻なので気圧され、『イワン・デニーソヴィチの一日』を図書館から借りてきた次第です。

ソルジェニーツィンについて

 テクスト論の立場からすると、作者と作品は切り離して考えるべきです。作者も神ではなので、伝記的事実に縛られていると、作者の勘違いなどをそのまま反映してしまいかねません。また、同じ作者でも、両極端の思想が描かれているケースもあります。例えば、ハインラインは『月は無慈悲な夜の女』で共産主義を肯定的に描き*3、『人形つかい』*4では否定的に描いています。ハインライン自身も「小説家は多角的な視点から書くものであり、たとえ一人称の登場人物であっても、その意見は必ずしも作者のものとは限らない」*5と述べている通りだと言えましょう。
 ハインラインの考え、あるいはテクスト論の立場からすると、このようになるのですが、ソルジェニーツィンの場合はテクスト論で考えるのは躊躇われます。なぜなら、ソルジェニーツィンもスターリン批判の疑いで政治犯としてカザフスタンのラーゲルに送られており*6、『イワン・デニソーヴィチの一日』などはこの時の体験をもとに書いているからです。「もし彼が(中略)収容所送りにならなかったとしたらば、今日の作家ソルジェニーツィンは誕生していなかったかもしれない」*7と訳者はしてきしており、ここにドストエフスキーとの類似点を見出しています。
 ドストエフスキーもシベリア抑留を転換点に傑作を生み出しました。ソルジェニーツィンの場合も、流刑の体験が文学の活動に大きく影響しているのです。
 もちろん多少の脚色している以上、全面的に『イワン・デニソーヴィチの一日』が真実だとは言い切れません。むしろどのように、なぜ脚色したかを考えていくことが重要なのだと言えましょう。これは創作のテクニックばかりではなく、いかに読むか、そして過酷な運命と向き合うかとも関わります。この姿勢を通して(たとえ娯楽作品であったとしても)、作品に深みを与えるのではないかと僕は思います。

過酷なはずなのに

 過酷な労働環境のはずなのに、むしろ明るい印象を受けました。事実、小説の終盤では下記の通り締めくくられています。
 シューホフは、すっかり満ち足りた気持で眠りに落ちた。きょう一日、彼はすごく幸運だった。営倉にもぶちこまれなかった。(中略)昼飯のときは粥をごまかせた。(中略)どうやら、病気にならずにすんだ。一日が、すこしも憂うつなところのない、ほとんど幸せともいえる一日がすぎさったのだ。
 営倉には一般的に「軍律違反などに問われた軍人を収容する」*8のですが、ここでは「昼間は一般囚人と同様、作業に出、夜は営倉に監禁される懲罰」*9です。
 もちろん石原吉郎について色々調べた後だからかもしれないとも思いましたが、それだけではないようです。
 例えば、囚人の一人、ブイノフスキイは「大声をはりあげ」、「君たち〔看守〕だって酷寒のなかで人を裸にする権利は持ってないはずだ! 刑法第九条を知らんのか!」と抗議します。ソ連の刑法を知らなくとも囚人の取り扱いを定めていると推察できましょう。
 さらに彼はこう追い打ちをかけます。「君たちはソビエトの人間じゃない」「君たちはコムニストじゃない」と。ソ連は共産主義を目指しているので、コムニストではないと言われて、看守長のヴォルコヴォイは「十日間の重営倉」を命じています。このように過酷さは大なり小なり変わりません。
 もちろん、他の収容所と比較して、規則は緩いと語られており、それを知っているからとも解釈できましょう。
 囚人の一人が大声でスターリン批判をしていることについて〈語り手〉は次のように記しています。
 徒刑ラーゲルのいいところは──言論の自由が「たらふく」あることだ。ウスチ=イジマでは、娑婆じゃマッチがないぜ、と小声でいっただけでも営倉にぶちこまれ、新たに十年の刑期が延長された。ところがここでは、上段ベッドから好き勝手なことをわめいても、密告に出かけるものもない。
 もちろんシューホフはウスチ=イジマを経験しているので、下方比較をしているとも解釈できましょう。しかし、この小説は神の視点で描かれています。つまりシューホフの一人称視点ではないので、部分部分で彼に内的焦点化していても、すべての文章がシューホフの内面を現しているわけではありません。
 なぜ、過酷な状況にもかかわらず幸せな心境になったかは下記の一文から伺えます。
 今やシューホフはどんな事にも腹をたてていない。長い刑期に対しても、長い労働の一日に対しても、いや、日曜日がまたつぶれるということに対しても。彼が考えることはただ一つ。耐えぬこう! 神さまの思召しですべてが終わりを告げるときまで、耐えぬこう!(以下、下線は有沢による)
 この文章ではシューホフの内面描写と明示されているので、どうして過酷な環境下にあって、「すっかり満ち足りた気持で眠りに落ちた」か答えになります。いわば信仰の問題だと言えましょう。そしてこの姿勢はЮ81老人と共通しています。囚人番号しか出てきません。しかし、それにもかかわらず、「ほとんどが背中のまがっているラーゲルの住人のなかにあって、老人の背中はピンと真っすぐにのびていた」とある通り、一際、目立っています。
 このようにシューホフたちは過酷な状況で人間の尊厳を保ってきました。これは、精神科医フランクルの経験とも繋がってきます。彼はアウシュビッツ容収所の体験を『夜と霧』で綴っているのですが、下記のエピソードがあります*10。
 私達は暗く燃え上げる雲に覆われた西の空を眺め、地平線一帯に(中略)この世のものとも思えない色合いで、絶えず様々に幻想的に形を変えていく雲を眺めた。(中略)
 私達は数分間(中略)心を奪われていたが、誰かが言った。
 世界はどうしてこんなに美しいんだ。
 特に世界は神が作ったと捉えれば、フランクル『夜と霧』の囚人たちと、チューホフの「幸福」と共通点が見出せます。このように考えていくと、ソルジェニーツィンはシューホフに重ね合わせているにもかかわらずどうして神の視点で描いたのかも推察できましょう。シューホフへ内的固定焦点化すれば、あるいはチューホフの一人称視点にすれば、書きやすかったに違いありません。

信仰の問題

 この疑問はブリノフスキイと看守長ヴォルコヴォイの怒鳴り合いにおいて「刑法の条文については我慢していた」とヴォルコヴォイの内面描写が短くではあるものの、書かれている理由もとも繋がってきます。本来、ソルジェニーツィンの収容所体験を踏まえると、看守長は憎しみ、敵意の対象であったに違いありません。そのような対象であるはずの登場人物でさえ、心理を想像しているのです。そしてこれはキリスト教の教義とも関わってきます。キリスト教は『マタイ伝』などにも見られるように「汝の敵を愛せ」と説いています*11。しかし、心理的にはなかなかできません。だからこそ、短い言葉での心理描写しかできなかったのでしょう。この短文にも、あるいは短文であるが故に、ソルジェニーツィン自身が体験を乗り越えようとしている痕跡を、僕は読み取りました。
 そしてこれは、シューホフの教会批判とも大いに関わってくると言えましょう。シューホフは聖職者の囚人、アリョーシュカとキリスト教について議論しています。
 アリョーシュカは下記の通り語ります。
お祈りというものは、小包を送ってほしいとか、野菜汁をもう一杯余分に貰いたいとかそんなことをお願いするものじゃありません。人間にはすばらしいものでも、神さまのお目には卑しいことなんですから! 精神的なことをお祈りしなければいけないんですよ
 しかしシューホフは神の存在は認めた上で、こう答えます。
だけど、天国とか地獄は信じねえな。でも、なんだっておれたちを馬鹿者扱いするんだ。天国だ、地獄だとご託をならべて? そこんとこだけは気にくわねえな
 つまり脅迫によって従わせるものではないと語っているのです。これはもちろん特に後代のキリスト教とも関わってきます。
 例えばダンテの『神曲』*12では「汝の敵を愛せ」と言ってる割に、ことごとくイスラム教の賢者たちが地獄でひどい目にあっているのです。しかし、シューホフの台詞を読めば、キリスト教批判でなく、キリスト教会の批判だと解ります。そもそも上述のように神へ感謝しているのでアリョーシュカが説教などしなくとも構わないと解ります。
 そしてこれは最後の伏線だけではなく、ラーゲルを地獄と捉えると、政治批判になっていると読めるのです*13。

*1 石原吉郎『サンチョ・パンサの帰郷』(思潮社)
*2 Wikipedia「石原吉郎」には『収容所群島』の記述がある(Wikipedia「石原吉郎」)。
*3 ハインライン『月は無慈悲な夜の女王』(早川書房)
*4 ハインライン『人形つかい』(早川書房)
*5 GIGAZINE「『SF界の長老』ハインラインが行っていたファンレターへの独特な返信方法とは?
*6 Wikipedia「アレクサンドル・ソルジェニーツィン
*7 木村浩「解説」(アレクサンドル・ソルジェニーツィン『イワン・デニーソヴィチの一日』新潮社)
*8 デジタル大辞泉「営倉
*9 木村浩「訳注」(アレクサンドル・ソルジェニーツィン『イワン・デニーソヴィチの一日』新潮社)
*10 フランクル『夜と霧』(みすず書房)
*11 故事成語を知る辞典 「汝の敵を愛せよ」の解説
*12 ダンテ・アリギエーリ『世界文学体系〈6〉 神曲』(筑摩書房)
*13 もっとも、このように恣意的な解釈を行った結果、ソルジェニーツィンはラーゲぬに送られたので慎まなければいけないのかもしれない。


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粕谷栄市『粕谷栄市詩集』(思潮社)

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現代詩文庫67 粕谷栄市詩集 (現代詩文庫 第)

概要

 粕谷栄市は、寓意的な散文詩を多く書いている。ほとんどは不条理な世界観で、短い詩だ。第一詩集『世界の構造』は主として暴力を材題としており、その延長線上に死があるが、社会と無関係でない。ベトナムの公開処刑などの不条理な死を扱っているのだ。また『副身』ではフィクションとは何かを題材としている。

はじめに

 文学の基本は詩だと僕は考えています。ホメロスなどの叙事詩から物語は出発したわけですし、近代以降も萩原朔太郎などが詩と小説の両方を書いています。このような理由から、詩を読んでいるのですが、母語の詩でなければいけないと(勝手に)思い、日本の詩人をインターネットなどで探してリストアップしました。
 粕谷栄市はnoteで黒崎晴臣さんが「世界の構造」を紹介していた*1ので、そこから知りました。そして、次、どの詩人を読もうかと調べた時、「不条理な寓話」*2であることが書かれていたので興味が湧いて図書館から借りてきたのです。「メルサコフ氏病」はどこかで読んだ気がするのですが、どこだったか思い出せず……。高田敏子『詩の世界』*3かとも「引用詩一覧」を見てみたのですが、載っていませんでした。おそらくどこかの解説で紹介されていたのかもしれません。

不条理

 そもそも「不条理」とは合理的な理由があるかどうかで決まります。粕谷栄市との関係ではフランツ・カフカが「不条理文学」として挙げられましょう*4。例えば「変身」はグレゴール・ザムザがなぜ巨大な毒虫になったのか最後まで明かされません*5。オウィディウスの『変身物語』*6には様々な変身譚が収められているのですが、(現代の日本人が了解できるかはともかく)、神罰など理由がありました。良きにせよ悪きにせよ、どうして苦しみに満ちているのか説明してきたのです。
 ローマだけではありません。旧約聖書にはアダムとイブが禁断の実を食べたので、エデンの園を追放され、男性は労働の苦しみを、女性は出産の苦しみを味わうことになったとされてきました*7。しかし科学が発展し、宗教の影響力が弱まるにつれて、なぜ自分が苦しまなければいけないのかが説明できなくなってきたのです。もちろん脳科学の観点からはコルチゾールの関係などホルモンで説明できるのですが、それはなぜ人はストレスを感じるのか説明したにすぎません。なぜ〈自分が〉苦しまなければならないのかは未解決のままなのです。
 こうして大半の人がなぜ自分が不幸なのか、あるいはなんのために生き、なんのために死ぬのか見出せないまま、生きることになりました。心停止など生物学的な理由は医学で解りますが、実存哲学的な理由は見出せません。
 自分の死だけではありません。親しい人がなぜ死ななければならかったのかなども同様です。特に寿命などなら恐らく諦めもつくのでしょうが、病気や事故死などではなぜその人が死ななければならなかったのか聞いても、偶然としか答えようがありません。つまり人の死には明確な理由がなく、この背景のもとで不条理文学が生まれました*8。
 そしてこれは粕谷栄市の作品とも大きく関係していると言えましょう。「論理によって説明できぬものに、私には、興味を持ちたがる(中略)ためにちがいない」*9とエッセイで述べており、粕谷栄市は不条理なものに関心があったと言えます。

死と暴力

 その直後で「病気、死体、殺戮、狂気、そのような事物を書いた作品が、私には多い」*10と述べていますが、上述の通り、これは不条理さと大きく関わっています。
 例えば、暴動。
 最近、私の住む街で暴動があった。以前から、この街は、様々な抗争が絶えぬので、有名なのだが、今度は、街中の老人たちが、俄に銃をとって起ったのだ。
 彼等は、いつの間にか、緊密な連絡をとり、全ての交通機関を占拠し、片っ端から通行人を射殺した。最初の日だけでこの街の約三分の一の生命を奪ったのだ。到るところで醜怪な禿頭と血の色の革靴の、勝ち誇るさまが見られた。
 彼等の暴動の特色は人形に起因することであった。数週来の、ある種の藁人形の急激な普及が、甚だしく、彼等の憤激をかったらしい。驚くほどの藁人形が意外な家々から摘発され、路上に積まれて、焼かれた。
 詭弁の一つに藁人形論法があります。論客の主張を曲解してから反論する詭弁。例えば「子供が道路で遊ぶのは危険」と言っているのに、「屋外で遊ぶ」のは危険だと論点をすり替えるなどが典型的な藁人形論法です*11。そして「暴動」の老人はこの藁人形論法の被害者だと解釈しました。「ある種の藁人形の急激な普及が、甚だしく、彼等の憤激をかったらしい」とありますが、これは老人たちの主張が曲解されて流布したと言えましょう。「ある種の」とありますが、これは正しい意味とは別の「藁人形」だと言っていることになります。本来の藁人形論特は意図的な曲解ですので、この詩句は老人たちの教えを知らず知らずに曲解していると解釈できましょう。そしてこの曲解を知って老人たちは怒っているのです 一方、「反動」でも人形が登場します。
 彼が軍服を着ていようが、僧衣であろうが、事実に変化はあり得ない。銃声と歓呼によって、彼は一個の人形とされ、陸橋から、街へ、街から暗黒へ、数知れぬ憎悪に支えられて、運びさられるのだ。(下線は有沢による)
 ここではもちろん人間の形をした物体、もっと言えば人間扱いしていないことを「人形」に喩えているのですが、「暴動」と死や暴力の面以外でも重なり合います。つまり、本人はその意図がないのに、「反動と呼ぶ、その意味のごとく、次に群衆によって、告発されるのは、その時、烈しい歓呼に、一齊に右手をあげる、その我々であるからだ」とあるように、「群衆」は〈語り手〉たちの「我々」を告発すると示唆されています。なぜ、「烈しい歓呼に、一齊に右手をあげ」ているのに、つまり熱烈とも呼べるような歓待をしているのに、「告発される」かと言えば、「群衆」が「我々」を曲解するからだと言えましょう。

夢と狂気

 人の死と同様、一般的に狂気にも意味がないと思われがちです。ここで二重の意味をはらんでいる点に気を付けなければなりません。一つはどうしてある個人が精神疾患を患うことになったのか、つまり精神疾患の医学的な原因、二つ目は患者の話にどれだけの意味があるのかです。
 神精分析が文学研究ではしばしば使われますが、第一義的に患者を狂人として片付けずに積極的な意味を見出していく点に意義があると言えましょう*12。例えば、「死と愛」には卵恐怖症の少女について書かれています。少女の情報が書かれている箇所は下記の通りです。
 死んでしまった一人の少女に就いて、書いて置きたい。私の育った町の大きな家具屋の娘で、幼なじみであったのだ。
 変わった少女で、稚ない頃から、卵が嫌いだった。否、寧ろ、憎悪していた。卵と卵に関するものなら、何でも、見つけ次第、叩き毀したり、引き裂いたりした。沢山の卵を盗んで、溝に捨てた。鶏を見ると、嘔いた。
 それは、恐怖だった。或る時、卵を運ぶ老婆を、橋から突き落したことがある。成長しても、それは癒らなかった。毎日、卵を凶器にして、人々と自らを傷つけた。いつからか、彼女は、狭い一室に閉じこめられて、生きねばなかなかった。
 このようにわずかな手掛かりしかありませんが、「卵に関するものなら、何でも、見つけ次第、叩き毀したり、引き裂いたりし」ているように 「卵が嫌い」よりも卵から連想できる全てのものを憎んでいると言えましょう。「鶏を見ると、嘔いた」とあり、この症状が精神分析を行なう上で役に立ちます。この症状は食の否定であり、つまりは生命維持の否定になります。さらには鶏も卵も食材として使うので、そこからも食の否定につながりましょう。また鶏は子孫を残すために卵を産むので、鶏や卵を否定することは生殖の否定につながります。補足すると、正月科理には卵焼きが出ますが、子孫繁栄を祈念しているのです。「卵自体が生命の象徴ともされて」*13いるのですが、この少女は生命を否定しています。
 しかし、少女は同時に女性である以上、出産の可能性も充分にあるので、ここに自己矛盾が生まれていると言えましょう。そして、この自己矛盾に耐えきれず、発狂した、と解釈できるのです。
 さらに少女だけではなく、詩の〈語り手〉も最後には、兵士となります。「迫って来る巨大な白い卵に向かって、必死に射撃を続けながら、私の頭には、狂った少女のかぼそい肉体しか無かったのだ」とある通り、敵軍を卵に喩えています。ここでもまた殺戮で生命を否定していしているのは言うまでもありません。しかし、「狂った少女のかぼそい肉体」はどう見ても出産に適していると言いがたいので、この詩句からもまた生命・生殖の否定が伺えるのです。

社会

 粕谷栄市は、上記の詩に見られるような非現実の光景を描いているのですが、「狂信」と「銃殺」はリアリズムの詩です。もちろん実在の報道に着想を得ているからなのでしょうが、この二つの詩にこそ、粕谷栄市が「不条理」の詩を描いた理由が隠されていると言えましょう。
 銃殺をされる、若い男は、土囊の前にひとり立たされた。何年も前からの約束のように、その両手は、縄でしばられ、顔は、黒布で、目かくしされている。
 上記の冒頭から始まります。そして、「彼が死んだことに理由はあったか」「彼を殺したことに、理由はあったか」などと問いかけています。この問いの直接的な答えは「何年も前からの約束」になりますが、どのような約束かは書かれていません。また、公開処刑は見せしめとしての効果がありますが、死刑を眺めているので、傍観者となっており、なぜ死刑になるのか彼らは主体的に考えていません。
 一方、民主主義国家は有権者が政党を選び、その施策に従って、(少なくとも建前上は)死刑制度そのもの議論が行われていることになっています。このような社会ではもはや、傍観者ではありません。死刑制度も含めて有権者が意味を見出しているのです。
 つまり、公開処刑自体が死刑の理由は二の次になっているので、「不条理」な死だと言えまし念設う。加えて、「銃殺」には「一九六一年一月ベトナムに於ける公開銃殺の報道写真から」と副題があり、この年にベトナム戦争が始まります。戦争そのものが不条理な死の連続に他なりません。
 特に粕谷栄市は1934年生まれなので、11歳の時に終戦を経験している計算になります。11歳ともなれば、大人になっても記憶は鮮明に残っています。したがってベトナム戦争と戦争の記憶が重なったとしても無理はないと言えましょう。「狂信」には「人間が、人間を殺すかぎり、常に、時代は、何ものかを、狂信しているから」と書かれてえる、現実の不条理を象徴的に表しています。
 そして紙の上での不条理は現実社会の不条理に叶いません。「狂信」と「銃殺」はそのようなこともあり、非現実の世界観よりも一層、不条理さが際立っているのです。

架空

 第一詩集、『世界の構造』とは不条理な世界がテーマでした。一方。「副身」では虚構性が題材の詩が多い印象です。もちろん「メルサコフ氏病」も虚構の病気を題材にしているのですが、虚構性を意識しているように感じます。上手く言葉にはできませんが、南米の小説家ボルヘスの世界観とも共通しているとも思いました。
 例えば「楽器」などは架空の部族、テルシロ族の楽器を紹介しています。もちろん、この部族が実在していたら、詩ではなく単なるエッセイになります。もしかしたら実在していたのかもしれないと思わせるところに、詩的要要があるのです。イタロ・カルヴィーノの「空を見上げる部族」*14でも架空の部族が登場しているので、共通点が見出せるのですが、ボルヘスを連想した理由はアヴェロエスの探求」の探求とどこか似ていたからかもしれません。
 ボルヘスの「アヴェロエスの探求」*15は実在の哲学者、アヴェロエスの生活の一幕を描いています。物語の中で(そして実際に*16)アヴェロエスはアリストテレスの注釈書を書いているのですが、アリストテレス『詩学』は第一部の悲劇論だけしか現存していません。第二部は一般的に喜劇論だったのではないかと言われていまるのですが*17、作中人物のアヴェロエスはその喜劇論も含め、アリストテレスの注釈書を書こうとしているのです。そしてこれらのことから、実在していたかもしれない世界をボルヘスは強く意識していたと解釈できるのです。もう一つ、虚構性の点で「アヴェロエスの探求」について指摘しておくなら、アヴェロエスは窓から子供の演親を眺める場面があります。演劇は虚構である点を踏まえれば、「アヴェロエスの探求」がいかに虚構性を主題にしていたか解りましょう。
 長々とボルヘスについて語りましたが、粕谷栄市も「楽器」でもテルシロ族はすでに滅んだとされています。
 テルシロ族は、彼等の叡智とも、蒙昧とも呼べるものによって、六十年前に滅びたと言われる。或いは最初から存在しない暗黒大陸で、彼は草原の小さな頭蓋骨となったであろう。
 すでに見た通り、ボルヘスもまた「アヴェロエスの探求」では歴史を題材にとっており、この点でも共通点が見出せます。
 さらに「悪夢」でもこの傾向が伺えます。「この茸の料理も、従って、いかがわしい書物、即ち自ら己の魂について語ったと称する真赤に書物に悪夢の挿話として、小さく記されているのみである」とある通り、ボルヘスのようなモチーフが用いられます。しかしボルヘスは歴史の虚構性を意識していおり、これは南米がスペインからの侵略を受けてきたからだと言えましょう。
 一方、粕谷栄市の詩からは歴史の虚構はあまり見出だせません。詩の「副身」に「反世界の小さな田舎町で、もう一人の私である男が、彼の妻と暮らしているのを、私は知っている」とあるように、可能性があった自分です。しかし〈語り手〉の「私」と反世界の「私」は全く同じ行動をしているので、単に願望の、つまり可能性があるだけではないと解ることでしょう。鏡の中ですので、全く同じ行動をしているのですが、「私」の自我はこの世に原理上、一つしかありません。もちろん鏡の中はいわば虚構の世界なのですが、鏡の中の「私」も自我を持っていたとしたら〈語り手〉の私こそ虚構だと言うことでしょう。ちょうど鏡の自分を指差して「お前は偽物」だと言うと、あたかも鏡の事の自分が「本当の自分」だと主張しているかのように。つまり、「副身」では〈私〉の自我が虚構かもしれないと言っているのです。

*1 黒崎晴臣『僕の好きな詩について 第四十回 粕谷栄市』(note)
*2 Wikipedia「粕谷栄市
*3 高田敏子『詩の世界』(ポプラ社)
*4 粕谷栄市「『箒川』から」(粕谷栄市『粕谷栄市詩集』思潮社)
*5 フランツ・カフカ「変身」(フランツ・カフカ『変身・断食芸人』岩波書店)
*6 オウィディウス『変身物語1』(京都大学学術出版会)および、オウィディウス『変身物語2』(京都大学学術出版会)
*7 Wikipedia「知恵の樹
*8 Wikipedia「不条理」 
*9 粕谷栄市「詩を書く場所」(粕谷栄市『粕谷栄市詩集』思潮社)
*10 同上
*11 Wikipedia「ストローマン
*12 ユングは今日で言うところの「統合失調症」の患者を多く診察したが、「私はローレライ」だと言う患者が訪れた。しかし患者の名前はローレライではない。ハイネは「ローレライ」という詩を書いており、冒頭は「なぜかわからないが」だったのである。この患者は医師たちが理解不能だと言ったことについて語っていたのだろうとユングは解釈した(ユング『ユング自伝1』みすず書房)。
*13 「おせちの卵料理の名前や意味とは?錦玉子などの地域料理やおすすめの卵料理も紹介」(テレ東 虎ノ門コラム)
*14 イタロ・カルヴィーノ「空を見上げる部族」(イタロ・カルヴィーノ『魔法の庭・空を見上げる部族 他十四篇』岩波書店)
*15 ボルヘス「アヴェロエスの探求」(ボルヘス『エル・アレフ』平凡社)
*16 Wikipedia「イブン・ルシュド
*17 日本大百科全書(ニッポニカ) 「詩学(アリストテレスの著作)



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石原吉郎『サンチョ・パンサの帰郷』(思潮社)

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サンチョ・パンサの帰郷 (思潮ライブラリー・名著名詩選)

概要

 石原吉郎はシベリアに抑留され、強制収容所の体験を詩に現した。例えば「脱走」などは直説的に題材を取っているが、「コーカサスの商業」などもシベリアの体験がもととなっていると窺える。また「サンチョ・パンサの帰郷」でもシベリア抑留からの生還を、ドン・キホーテの登場人物になぞらえた。そのせいか未来は明るく描かれていない。

はじめに

 自分の創作活動に詩の要素を取り入れたいと考えています。小説と詩は一見、別の分野に見えますが、実は割合の問題でしかないように思います。例えば散文詩。散文の形を取った詩ですが、そもそも詩の対義語である以上、散文詩は語義矛盾の関係にあります*1。しかし、詩的レトリックや詩的イメージを用いての散文だと言えましょう。また創作ばかりではありません。詩特有の論理は鑑賞を通じてしか身に付かないと考えています。
 さらにホメロスなどの叙事詩に代表されるように、文学はもともと詩から出発しました。もちろん、当時は印刷技術もなかったからか、文学といえば詩でしたが、この伝統は歌詞などを通じて今も受け継がれているように感じています。
 このような理由から、日本の詩を読んでいるのですが、石原吉郎の名は『新川静江詩集』の解説*2で知りました。その時はあまり興味がありませんでしたが、マイミクさんから文芸同人誌『TEN』の感想を送っていただく中で石原吉郎について触れられていたので興味を持ちました。

シベリア体験

 石原吉郎はシベリアで強制収容所に収監されていました。この強制収容所をロシア語でラーゲリと呼び、過酷な体験を詩に表しています。その代表例が「脱走」です。「ザバイカルの徒刑地にて」と副題が付いていますが、バイカル湖の東をザバイカル*3と呼び、かつて旧日本軍の傀儡国家がありました*4。もちろん、一九五〇年ですので、日本は負けています。傀儡国家ももちろんありません。徒刑地になっていたのですが、銃声で始まります。「行進中つまずくか、足を滑らせて、列外へよろめいた者が何人も射殺された」*5ので脱走の意図があったか定かではありませんが、脱走の疑いを持たれたのです。 
そのとき 銃声がきこえ
日まわりはふりかえって
われらを見た
 ここでの「日まわり」とは花の向日葵なのですが、「ふりかえって」と意識を持っているかのように描写されいる通り、人間の顔を比喩的に表現しているのだと言えましょう。このような(詩的)レトリックは異化効果があり、「日常見慣れたものを未知の異様なものに見せる効果」*6、あるいは「慣れ親しんだ日常的な事物を奇異で非日常的なものとして表現するための手法」*7です。ロシアの文芸評論家、シクロフスキーが提唱し、ドイツの劇作家、ブレヒトが自身の演劇にとりいれました。
 いずれも、上述の通り、日常をあたかも非日常のように表現して、日常の再発見を促す効果があると言えるのですが、石原吉郎の場合は強制収容所の体験で非日常こそが日常だったのかもしれません。それは例えば下記の描写にも現れています。
すでに銃口は地へ向けられ
ただそれだけのことのように
腕をあげて 彼は
時刻を見た
驢馬の死産を見守る
商人たちの真昼(下線は有沢による)
 つまり銃で人間を射殺して「ただそれだけのことのように」振る舞える、詩の〈語り手〉を含めた強制収容所の人間たちが非日常です。そしてこれは現代日本人だけではなく、シベリア抑留前後の石原吉郎にとっても同様だったに違いありません。「われらはいま了解する/そうしてわれらは承認する/われらはきっぱりと服従する」とある通り、服従を決意しているのですが、この心境自体、非日常的だと言えます。つまり、収容所の経験自体が
読者にとって異化作用を持っているのです。
 さらに上述の通り、収容所の中では人間の死が当たり前だったに違いありません。したがって、脱走者を「驢馬の死産」と表現していますが、これは単なる詩的レトリック以上に、詩の〈語り手〉、そして、石原吉郎の実感だったと推察できましょう。そのような観点に立って、読み返すと、冒頭の「日まわり」含め人間の死を想起させる言葉がことごとく排除されていると気が付きます。例えば密血が流れる様子を「火のような足あと」と表現しています。
 これは同時に石原吉郎の精神状態と関わっているとも解釈できます。つまり、言語化すると収容所の体験を思い出してしまうので、比喩的に語って無意識のうちに心を守っていたのだと。しかし、語れずにはいられなかったのでしょう。
 一方、「コーカサスの商人」もまた、「斧は幹からひきはずされ/やさしくまっすぐに/君の背へ打ちこまれた」とある通り、斧での殺害を描いています。しかし、「柄には金色のむく毛の手があった」と殺害者の手が描かれており、ここは直接的な描写です。「脱走」よりは人間の様子が増えていると言えましょう。

イメージ

 強制収容所での体験を踏まえると「葬式列車」におけるイメージが鮮明になってきます。「なんという駅を出発して来たのか/もう誰もおぼえていない」とありますが、もちろんここでの駅は比喩であり、もっといえば詩的イメージです。駅は戦争の発端だと僕は解釈しました。例えば、ウクライナとロシアが戦争をしていますが、複雑な歴史的経緯があります*8。
19世紀の半ばから歴史を始めれば、なるほどウクライナは独立した民族であり、独立した言語をもつ、国家である。しかし、それ以前にさかのぼれば、小ロシアにしかすぎない、いやさらにローマ帝国崩壊後、北方から侵入したルーシ族が創設したキエフ公国までさかのぼればロシア人の起源はウクライナだといえないこともない。
 もちろん、ウクライナとロシアの問題だけではありません。ガザとパレスチナの問題なども然りです。つまり一般的に戦争の発端は一つの戦争・戦闘だけではなく、歴史的経緯が積み重なった結果である以上、誰も覚えていません。これが冒頭部で述べられていることだと言えましょう。
 駅に関する描写はもう一箇所、あります。
駅に着くごとに かならず
赤いランプが窓をのぞき
よごれた義足やぼろ靴といっしょに
まっ黒なかたまりが
投げこまれる
 駅は一つ一つの戦闘・戦争だとすれば、この「まっ黒なかたまり」が民間人を含んだ負傷者だとすぐに解ります。「よごれた義足」などの描写などからもこの結論を補強していると言えましょう。
 これらの前後には「いつも右側は真昼で/左側は真夜中のふしぎな国」と書かれていますがこと、第二次大戦の光と影についてです。第二次大戦では一時的にとはいえ、旧日本は領土を広げました。これが光、つまり「真昼」の部分。一方、その代償として原子爆弾が投下され、なにより石原吉郎は強制収容所に収監されました影、つまり「真夜中」の部分だと言えましょう。あるいは同じ国の中でも経済格差などがあるので、これを「真昼」と「真夜中」に喩えたのかもしれません。
 いずれの解釈にせよ、「真夜中」は石原吉郎の境遇であることは同じです。そして「真夜中」なのですから夜明けは当分こない、つまり、境遇が一向に改善しないと感じているのです。そして、これは汽車が何の比喩かにも関わってくることでしょう。汽車は〈語り手〉たちの人生だと僕は解釈しました。あるいは強制収容所で人生を過ごしていたのですから、そこでの生活と言っても差し支えないかもしれません。

未来

 この「葬式列車」において、乗客、つまり負傷者は「やりきれない遠い未来に/汽車が着くのを待ってい」ます。もちろん現実と詩との対応を考えるとこのように感じるのは無理もありません。乗客や車内についての読解を進めると、いっそう際立ちます。「みんなずっと生きているのだが/それでいて汽車のなかは/どこでも屍臭がたちこめている」とある通り、またすでに「脱走」などで示したように、強制収容所では死が日常茶飯事でした。
 いつ殺されるか解らないような生活であり、その過酷さは「葬式列車」の詩句からも伺えましょう。「だれでも/半分は亡霊になって/もたれあったり/(中略)しながら/まだすこしずつは/(中略)食ったりしているが/もう尻のあたりがすきとおって/消えかけている奴さえいる」とありますがこの「もたれあ」うは助け合う、「食ったり」するは食事、つまり生物学的な生の比喩といえましょう。また、「もう尻のあたりがすきとおって/消えかけている奴」は半死半生の人で、これを文字通りに表現した結果だと言えます。
 このような状況では決して明るい未来像を持てないと容易に推察できましょう。したがって、「やりきれない遠い未来」なのです。すでに見た通り、「脱走」の〈語り手〉は服従を決意しているのですが、「葬式列車」では「やりきれない未来」と書かれている通り、気持ちのおさまりがつかないことが解るのです。

*1 Wikipedia「散文詩
*2 石家吉郎「ものを造る目」(『新川和江詩集』思潮社)
*3 Wikipedia「ザバイカル
*4 Wikipedia「ザバイカル共和国
*5 Wikipedia「石原吉郎
*6 精選版 日本国語大辞典 「異化効果
*7 Wikipedia「異化
*8 的場昭弘「ロシアとウクライナが『こじれた』複雑すぎる経緯」(東洋経済オンライン)



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